桜を探す会5 枝垂れ桜
騒がしかった日中とは裏腹に、車内はどんよりとした重く暗い空気に包まれていた。窓から外の景色を見ようにも、反射した自分の顔が夜に浮かんで見えるだけ。
窓に反射した私の顔が怖い。表情を一切動かさず、何を考えているのか分からない。夜の所為か、瞳の色も黒く、私に似た別人のように思えてしまう。
香奈お姉ちゃん。あの人はいつも優しかった。私達の遊びに付き合ってくれたし、私達が怒ったり、泣いたりしても、あの人は笑顔を崩さずに私達と接してくれた。小学生ながら、香奈お姉ちゃんに憧れのような想いさえ抱いていた。こういう人がいるから、私は私でいられるのだと。
でも、私は子供だった。目で見たものを真実だと思い、その裏に隠された嘘や思惑に気付けない。きっと今も同じだ。
「霞ちゃん……元気、出して……」
音々が小さな手で、私の左手を包み込んでくれた。緊張しているのか、表情が硬い。
「霞。この話はあくまで聞いた話からアタシらなりに導き出した憶測だ。真実じゃない。だが、限りなく真実に近しい憶測だ。アタシらも香奈さんに世話になったし、香奈さんとお前を誰よりも近くで見てきた人間だ」
「……香奈お姉ちゃんはそんな人じゃない」
「アタシだってそう思いたいし、そうであってほしい」
車が停まった。三人はシートベルトを外して外に出ていく。一人残された車内で、グチャグチャとした頭の中を整理しようとしたけど、結局出来なくて、私もシートベルトを外して外に出た。
電灯も月も、明かり一つ無い暗い夜。風で揺れる木のザワザワとした音と、その音を鳴らす木々が薄っすらと見える。
木々の揺れを眺めていると、突然強い光が私を襲った。咄嗟に目を閉じると、時雨ちゃんの乾いた笑い声が聞こえてきた。
「いつまでショボくれてんだよ。こんな暗い森の中だ。いつものお前みたいに、明るく振る舞ってくれよ」
「あら? アンタもしかして怖がってるの? 意外と可愛い所あるじゃない」
「はぁ!? ち、違うし!」
「時雨ちゃん……! 怖いのは私もだから、一緒だよ……!」
「お前と一緒にすんな! アタシは別に怖がってねぇ! 野生動物だろうがお化けだろうが、私がボコボコにしてやるぜ!」
「じゃあアンタが先頭ね」
「え?」
「……フフ。ありがとう、みんな。そうだよね。私が来たがってたのに、その私がいじけてたら来た甲斐が無いもんね!」
私は音々と胡桃ちゃんと手を繋いだ。小学生の時、いつもより遅い時間に下校する時は、いつもこうしてみんなで手を繋いで帰っていた。今は一人足りない状態だけど、やっぱり安心する。
「なぁ、アタシの手は握ってくれないのか?」
「ごめんね。私の手は二つしか無いんだ。代わりに胡桃ちゃんの手を―――」
「「絶対に嫌だ!!!」」
こうして、時雨ちゃんを先頭に私達四人は暗い森の中を歩き始めた。先頭の時雨ちゃんが携帯についているライトで道を照らして、その方向へ進んでいく。時々、音に反応した時雨ちゃんが音が聴こえた方にライトを向ける所為で、立ち止まる事が何度もあった。その度に胡桃ちゃんが難癖をつけ、時雨ちゃんは強がってライトを前に向け直して進み始める。
そして、遂に私達は桜を見つけた。それまでの木々に囲まれた狭い通り道から抜け出した先には、不思議な程に広く開けた地があり、平坦なその地の中央に満開の桜の木が鎮座していた。
その桜は今まで見た桜とは比べ物にならない程に美しく、巨大で、妖しかった。薄ピンク色の花びらは枝垂れ、女の人の髪の毛のよう。風で揺れ動いているとは違い、その桜の木はまるで呼吸をするように揺れている。
何故暗い夜なのに、ここまでハッキリと桜の木を捉えられているのか。それは桜の木自身が発光していたからだ。まるで中に光を宿しているように、いや、確かに光が宿っている。
私達は手を繋いで横に並んで桜に近付き、私は繋いでいた手を離して桜に手を触れた。
「……会いに来たよ。香奈お姉ちゃん」
温かい体温と心臓の鼓動を手の平に感じる。いつか触れた香奈お姉ちゃんの柔らかい肌とは違うけど、感じるものは変わってない。
懐かしくて、悲しくて、身を寄せて抱き着いた。目を閉じると、暗闇の中で誰かが私を優しく包み込んでいる。私は泣いた。
誰にも真実は分からない。何を抱いて、どんな感情を向けていたか。それを理解する事は出来るけど、知っているのは本人だけ。でも自分自身の事であっても必ずしも全てを知っているわけじゃないし、胸の内全てを他人に打ち明けるのは不可能だ。
だから、私は真実だと思った事を真実だと思い続けたい。だって、香奈お姉ちゃんはこんなにも優しくて温かいんだもの。
だから私は信じない。私以外の誰かの憶測なんて、絶対に信じない。




