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飴と煙草

 飛行機に揺られ、新幹線に揺られ、電車に揺られ、軽トラの荷台に揺られ。私はようやく故郷の森畑村に帰ってこれた。森畑という名前を冠しておきながら、別に森や畑が多いわけじゃない。コンクリートより緑の方が目に入る普通の田舎だ。


 この長い田んぼ道を辿っていけば、私の実家がある。アメリカへ行く時、この田んぼ道を通ったっけ。居間のテーブルに置き手紙だけ置いて、みんなが寝静まった深夜に抜け出したんだよな。


「急に帰ってきたら驚くだろうな~。向こうでサプライズなんか何度もやってきたし、反応が目に浮かぶよ! 突然姿を消した実の娘が、またしても突然現れるんだから、涙ボロボロ抱腹絶倒でしょ!」


 五年ぶりの家族との再会に胸の高鳴りが抑えられない。お父さんは泣いて喜ぶだろうけど、お母さんは怒るだろうな。向こうで怖い人や怖い目に遭っていたけど、その度にお母さん以上に怖いものはないと知れたよ。

 私の部屋には、まだクマのぬいぐるみは置いてあるだろうか。五歳の誕生日にプレゼントしてくれた大切な物。本当は持っていきたかったけど、いかんせんサイズが大き過ぎるから、置いていっちゃったんだよね。


「……な……な、なんじゃこりゃぁぁぁ!!!」


 家の前に辿り着いた。しかし、私の目の前にある家の玄関には一枚の貼り紙がある。そこに書かれた文字は【売家】であった。叫び出したい気持ちを抑えながら、道を歩く婆さんに声を掛けた。


「ば、婆ちゃん! あの家、売りに出されたの!?」


「はぁ? なんて?」


「あの家!! 売られたんですか!!!」


「あの家って?」


「あれだよ! あれ!!!」


「あー、島田さんとこね。あそこの娘さんの行方が分からなくなってね、警察もお手上げだったわけよ。そしたら「もう我々で捜しに行きます!」って言ったらしくてね。噂じゃ日本中を巡り巡って、今は海外らしいさね」


「カイ、ガイ……入れ違いかよぉぉぉ!!!」


「あんまり耳元で騒ぐんじゃないよ……」


 私は走った。悩みや苛立った時、決まってあの場所へ行っていた。人目がつかず、人が来るはずもない森の奥。その地へと駆けた。     


 しかし、どれだけ走っても一向にそこへ着かない。そもそも、道にある建物が色々と変わっていて、何処を曲がって何処を真っ直ぐ行けばいいのか分からない。


 結局辿り着いたのは、周辺一帯に田んぼが広がる田んぼ道。まだ春だから、田んぼには水が張っていない。乾いた土の塊と雑草。まるで今の私のようじゃないか。どうしてそう思うかは、私自身にも分からない。多分、田んぼなのに稲が無いからだろう。


「確かに何も言わずに出ていったのは悪いけどさ……だからって、家を売ってまで捜しに行かなくてもいいじゃん……というか、なんで売ったのさ……」


 もうすぐ夕陽が落ちる。夜の春は冬の名残りがある。風を遮る場所で、バイクの友達からお別れ記念に貰ったジャケットにしがみつけば夜を越せるだろうか。 


 ゆっくりと沈んでいく夕陽を眺めていると、やけに吹かす車の排気音が聴こえてきた。音の方へ振り向くと、一台の軽トラが走っていた。運転席にはいかにもヤンキー上がりと思わしき金髪の運転手が、口に煙草を咥えて運転していた。


「ヘイ、タクシー」


 およそ田舎でする事ではないヒッチハイクをしてみた。


 すると、軽トラはゆっくりと減速していき、私の目の前でエンストした。


「くそっ! またやっちまった! マニュアルはこれだから!」


「お兄……姉さん?」


「アタシは女だよ!」


「ソーリーソーリー」


「……で? 親指立ててどうしたんだ、ガキ」


「是非ともお姉さんの温情を受けたいと思いましてね。一、二、三……何日か泊めさせて。あと、私は二十一の大人だから」 


「随分と図太いガキだこと」


「泊めてくれたら、良いモノ、見せてあげるからさ。ね?」 


「……乗れよ」


 呆れたような口振りだが、明らかに目が泳いでいるし、頬が赤く染まっている。チョロいね。


 助手席のドアを開けると、座席には葉っぱや汚れたジャンバーが置かれていて、足を置く場所には工具箱が占領していた。


「……やっぱいいや」


「ぐっ!? 人の好意を無下にするなって、親に教わらなかったのかガキ~……!」


「いや~、流石にこれは乗れないわ」


「ちょ、ちょっと汚いだけだろ!? 物をどかせば、ほら! 乗れるだろ!?」


「なんでそんな必死なの?」


「……なんでそんな他人行儀なんだ?」


「え?」


「ハァ……まぁ、あれから五年だもんな。アタシもすっかり変わっちまったし、気付くわけもないか……」


 そう言うと、彼女は左手で左耳の耳たぶを触った。その仕草には見覚えがある。そして彼女の言葉から察するに、私と彼女は面識がある。


「……あ! 時雨ちゃん!」


「ちゃんは止めろ! へッ、ようやく思い出したか」


「思い出したよ! モジモジする時、いつも耳たぶ触ってたもんね!」


「変な所で思い出したな……ヘヘ」

   

 時雨ちゃんだと知って、私は座席のゴミの存在など忘れて助手席に乗り込んだ。シートベルトを装着すると、時雨ちゃんは軽トラを激しく揺らした後、徐々にスピードを上げていった。


「五年振りだね! 髪、金髪にしたんだ。煙草も吸ってるし、耳にピアス開けてるし。なんだか女っ気が無くなったね!」


「お前は五年前から変わってないな。相変わらず考えなしに喋りやがって」


「無口よりは良いでしょ?」


「でもお前、五年前は誰にも何も言わずに出ていっちまったじゃねぇか。アタシら必死に捜したんだぞ? 何が【遠い場所に行きます】だ。アタシはてっきり……」 


「自殺したと思った? 私がするわけないじゃん」


「分かってたさ。分かってはいたが、お前は突然だからな。だから……怖かったんだよ」


「なんで怖いのさ?」


「突然ってのは怖いもんさ」


 片手でハンドルを握りながら、もう片方の手で煙草を摘まむ。傷んだ短い髪。疲れ切った瞳で前を見ている。引っ込み思案だった時雨ちゃんは、大人になったんだ。


「ねぇ、私にも一本頂戴」


「ウッ、ゲホッゲホッ! お、お前が煙草を!?」


「吸った事無いからさ。時雨ちゃんの見てたら吸ってみたくなっちゃった」


「だから、ちゃん付けは止めろって! それから煙草はやらん!」


「え~」


「お前には似合わんよ。代わりに飴ちゃんやるよ」


 時雨ちゃんはドリンクホルダーに置いてある瓶から飴玉を一つ摘まみ取ると、指ごと私の口の中に押し入れてきた。苺の甘い味と、指のしょっぱい味がした。 

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