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第9話「もしかして恥ずかしかった?」

‐3人称視点‐


 そして迎えた土曜日。

 ショッピングモールの一角で、ベンチに腰掛け本を読んでいる西原。

 栄太郎たちが住んでいる地域の中では最大級のショッピングモール。休日という事も相まって、行きかう人々で溢れている。

 そんな中、西原のような美少女が、一人ポツンと待ち合わせ場所に待っていれば、当然ナンパは。


「ヘーイ彼氏、一人? 良かったら一緒に遊ばない……って無視しないでよぉ」


 されない。

 元の世界であれば、それなりにナンパにあう西原だったが、貞操が逆転した世界ではナンパをされる事はない。

 なので、栄太郎が来るのを地蔵のように待ち続けている。

 

「ごめん、待った?」


「大丈夫、今来たところだから」


 今来たところという割には、本の中頃のページ辺りに栞を挟んでいる西原。

 とはいえ、そんな事に栄太郎は気づかない。


「そっか、それなら良かった」


 何故なら、デートで浮かれているからである。

 西原はあくまで買い物に付き合って欲しいと言っているだけだが、栄太郎にとってはデートである。

 

「でもさ、わざわざこんな所で待ち合わせにしなくても良かったんじゃない?」


 家が近所なのだから、現地じゃなく家に直接迎えに行くなり来るなりすれば良かったんじゃないかと当然の疑問を口にする栄太郎。


「いやよ。ウチに来たらお父さんが変に勘ぐって来るし、栄太郎の家に行ったら、栄太郎のおじさま経由でどうせウチのお父さんに話が行って、結局勘ぐってくるでしょ」


「まぁ、それもそうか」


 前の世界では、家に女子が来ようものなら、ただプリントを届けに来ただけなのにニヤニヤと見てくる母に辟易していた栄太郎。

 だから、西原の気持ちは理解出来るので「どこの世界でも親の行動は一緒なんだな」と思いながら、それ以上は何も言わない。

  

「それじゃあ、行きましょうか」


 そう言って立ち上がる西原。

 ワンピースがひるがえり、長く伸びた髪がそれに合わせるように綺麗にたなびく。

 一挙手一投足、その全てが絵になるような西原の動きに、一瞬見とれる栄太郎。

 

「どうしたの?」


「いや、なんでもない」


 思わず立ち尽くしてしまった事を誤魔化すように「どこの店から行こうか?」と栄太郎が言う。

 その言葉に「そうね」と言いながら、顎に手をやり考える仕草を取る西原。


「特にどこに行くか考えてなかったわ。栄太郎はどこか行きたい店あったりする?」


「京の付き合いで来ただけだから、特には……」


 そもそも、あまりこういった場所に来ることすらない栄太郎は、行きたい店どころか、どんな店があるかすら分かっていない。

 もちろん、西原の手前そこまで口にはしないが。


「そう。それじゃあ適当にぶらついて、目についたお店に入る感じで良いかな?」


「そうだな」


 当てもなく、ショッピングモールをぶらつく2人。

 学校で使う日用品や、新しい服を買い、昼食を取った後は大倉さんにお勧めされていた映画を見て、気が付けば夕方である。

 暑くなってきた時期なので、外はまだ明るい。

 だが、じきに日が暮れる。あまり遅い時間まで栄太郎を連れまわしたとなれば、流石に親の小言がある事くらい西原は理解してる。

 

「そろそろ帰ろうか」


 本当はもっと一緒にいたい京だが、帰宅の提案をする。


「そうだな」


 栄太郎としては、別に暗くなろうが身の危険を感じる事はない。

 なので、もっと西原と一緒に居たいのだが、もし前の世界で逆の立場だったらと考えると、西原が自分の安全を気にするのは仕方がないと割り切る。


「何か買い忘れたものとかあったら、また今度一緒にこれば良いしな」


 本当は次回も一緒に行く約束を取り付けたいところだが、次も一緒に行こうと遠回しに言うのが精いっぱいの栄太郎。


「そ、そうだね。もしかしたら、買い忘れたものがあるかもしれないしね」


 こちらもこちらで、素直に次回の約束が出来ないヘタレである。

 名残惜しいと感じながら、ショッピングモールの出口へと歩き出そうとする栄太郎と西原の前を、少年と少女が通り過ぎる。

 少年が「待ってよー」というと、少女が「仕方ないなぁ」と言いながら、少年の手を取り、そして人混みの中へ消えてゆく。


「ふふっ」


「急に笑いだして、どうしたんだ?」

 

「ほら、昔の栄太郎もあんな感じで、ずっと私の後をついて来てたなと思って」


「そうだったか?」


 昔の西原は好奇心が旺盛というかお転婆というか、とにかくジッとしないでどこかへふらふらと出かけるタイプだった。

 そんな西原に手を引かれ、色々と冒険した気がする栄太郎。


 だが、貞操観念が逆転している世界から来た栄太郎。

 だから、彼女の中の記憶と、栄太郎の記憶が一緒とは限らない。

 もしかしたら、お互いの記憶に齟齬があるかもしれない。

 不安に思いつつ、ほんの一瞬、迷いながら口にする。昔の幼馴染の呼び方を。


「そうだったかもね……京ちゃん」


「……京ちゃんとか、なんだか懐かしい呼び方だね。えー君」


 京ちゃんとえー君。

 子供時代のお互いの呼び方。 

 あの頃は何も感じなかったのに、今こうして呼び合うのはなんだかむず痒く感じる2人。

 恥ずかしさから、お互いに視線を逸らし、無言になってしまう。青春である。


「人も多くなって来てるし、ほら」


 そう言って手を差し出す西原。


「えっ、あぁうん」


 それが何を意味するか分からない栄太郎ではない。

 昔みたいに、手を繋いでくれるという事だろう。


「もしかして恥ずかしかった? そういえば、この前も大倉さんの手を触ろうとして恥ずかしがってたし」


 明らかに挑発するように言う西原だが、顔は真っ赤である。

 だが、そんな西原の様子に栄太郎は気づいていない。

 いっぱいいっぱいなのは栄太郎もなので。


「べ、別に恥ずかしがってねぇし。あの時は大倉さんの手汗がヤバいなと思っただけだし」


 売り言葉に買い言葉。

 いや、単純に自分の行動に理由をつけるためだろう。

 挑発に乗ったふりをして、勢いよく手を握る栄太郎。


「本当にぃ~? 最近えー君と大倉さん、仲が良いと思うけど?」


「京ちゃん、それはチクチク言葉だぞ!」


 照れ隠しのように、ふざけあう栄太郎と西原。

 こうして、手を繋いで帰宅する2人。


「えー君、その。学校とかではこの呼び方すると友達に変な噂とかされそうだしさ。その……」


「分かってるよ。2人きりの時だけだろ」


「……うん」


「それじゃあおやすみ。京ちゃん」


「おやすみ。えー君」


 それぞれの家への分かれ道。

 そんな会話をして離れた直後に、お互いが自分の手を見る。


(京の手、柔らかかったな)


(栄太郎の手って、やらかいのにゴツゴツしててすごく男の子してた)


 家に帰るまでの間。手の中に残ったわずかな感触を楽しみながら。

読んで頂きありがとうございます!


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