第58話「お疲れ様です。ご主人様!」
ニーチェは言った。神は死んだ、と。
いや、この貞操が逆転した世界にもニーチェが居るのか知らんけどさ。
「ここで3・3・7ウェーイ拍子」
「だから勝手にその場で適当なの作らないでくださいよ」
「ハイ、ウェイウェイウェーイ!」
陸上部が輝かしい成績を残すきっかけとなった応援団。それをクソゲー研究部の出し物と体育館でやらされている。
当然のように、当日に適当なアドリブを先輩たちが入れたせいでグダグダになった。
いや、そんなのなかったとしてもグダグダだっただろうけどさ。元から練習なんてしてなかったし。
楽しんでいるのは、一部の陸上部と応援団の先輩達4人だけで、残りの生徒たちは苦笑いを浮かべてばかりいる。
俺も先輩達みたいに盛り上がる事が出来れば、それも気にならなかっただろう。残念ながら、俺の心は1ミリも盛り上がらなかった。
こんなのはただの公開処刑だ。
特別仲が良いわけではないが、それでも毎日顔を会わすクラスメイト達が「あちゃー」と言わんばかりの表情で見て。
ある程度中の良い小鳥遊は、せめて自分だけでも盛り上げてあげようと、手拍子をしてくれている。
いっそ指さしてバカにしながら笑ってくれた方がよっぽど救いがある。
「えー助、お疲れウェーイ」
「お疲れウェーイ。じゃないですよ。また変なアドリブやって」
「そう言いながらも、えー助ノリノリでポーズしてたじゃん?」
「ってか、キョドるの期待してたのに、順応しちゃってるのウケル!」
「何一つウケないんですけど。俺にも見てた生徒にも」
「だれうま!」
くそ、こっちが割と本気で怒っているのに、何一つ聞いちゃくれない。
クソゲー研究部の廃部の危機を救ってくれたことを差し引いても、まだ怒りの方が勝ってるレベルだ。
「それに聞きましたよ。今日の応援団って、アイ先輩が彼女に頼まれたからやりたかっただけでしょ」
「ヘヘッ、サンキューな!」
違ぇよ。怒ってるんだよ!
何4人揃って鼻擦って、良い雰囲気出そうとしてるんだよ。
挙句に「なんだかんだで、えー助だって青春出来ただろ?」とか言い始める始末。出来たのは青春じゃなくて黒歴史だっつうの。
まぁ、言いたい事はまだいくらでもあるけど、実際に案を出してくれて、廃部の危機もなんとか回避できただろうし、その事についてはお礼を言おう。
お礼を言って、さっさと着替えに戻りたいし。腹だし学ランに短パンとかいう恥ずかしい格好のまま居続けるのは流石に辛いものがある。
体育館で出し物をする他の生徒たちが遠巻きにこっちをチラチラ見て、中にはスマホのカメラを向けてる生徒まで居るくらいだし。こんな格好の写真流出だけは勘弁願いたい。
「先輩たちのおかげで助かりました。ありがとうございます」
「良いって事よ。それより冷たい飲み物用意してあるから乾杯するべ!」
「女子陸上部から差し入れにって貰ったから、好きなの選んでね」
ったく、何が乾杯だ。
差し入れを断るのは申し訳ないから貰うけどさ!
それに乾杯を拒否したらアイ先輩が傷つきそうだから、乾杯もするけどさ!
その後、アイ先輩達と記念撮影とかをしてから別れた。
文化祭も残すところ2時間か。
クラスの執事喫茶は、もう俺の出番は終わったから特に手伝う事はない。
とはいえ、自由時間だからといってどこかに行く予定もない。
「ん?」
振動音でスマホにメッセージが来ていた事に気づく。
送信者は大倉さんだ。体育館の応援団が終わったらクソゲー研究部の部室に来て欲しいという内容のメッセージが他にも四谷先輩や浜口先輩から来ていた。
一体なんだろうと考えてみるが、部室に呼び出されるよう事をした覚えはない。逆に呼び出して文句を言いたいくらいだ。
物凄くくだらない予感はするが、特に行く当てもない。
応援団をやらされたことの文句を言うついでに、メシくらいは奢ってもらってもバチは当たらないだろう。
カラフルに彩られた廊下を歩く。どこもかしこも浮ついた空気が流れている。
正直、知らない奴にさきほどの応援団の事を笑われないかという不安があったが、少なくとも、俺が観測できる範囲では無かった。
そんな事よりも文化祭を楽しむ方が大事だからだろう。
さて、到着したクソゲー研究部。
他の文化部は部室で出し物をしているが、クソゲー研究部は応援団が出し物なので、部室で特別何かをやっているわけではない。
なので、入ってもいつもと変わらない部室があるだけ。そう思っていた。
「お疲れ様です。ご主人様!」
部室のドアを開けると、そんな言葉と共に、クラッカーが鳴らされた。
部室を見渡すと、京、大倉さん、四谷先輩、浜口先輩が何故かメイド服を着ている。
さぁさぁご主人様、どうぞどうぞと案内されるままに席に着く。いや、ご主人様って何よ?




