第55話「それじゃあ、せっかくの文化祭だから、男子がメイド服着てやるとかどう?」
‐栄太郎視点‐
どうしてこうなった。
いや、こうなるのは運命だったのかもしれない。
それは文化祭でクラスの出し物である、執事喫茶の出し物を、クラス皆で考えている時だった。
出せる飲食物は保健所とかの関係でそう多くはない。基本は既製品を盛り合わせたり、市販品のドリンクを紙コップに移し替える。その程度の物だ。
味気ないと言えば味気ないが、料理が出来ない俺にとってはそっちの方がありがたい。
「それなら裏メニュー作ろうぜ」
そう言って手を上げる男子。やはり文化祭だから盛り上げたいという気持ちもあるのも分かる。俺も盛り上がるならそれに越したことはないし。
執事喫茶は元の世界基準で言えばメイドカフェのようなものだから、裏メニューと言ってもおいしくなる魔法だとか、料理にケチャップとかでハートを書くとかそんな物が出てくる程度だろう。
多少の恥ずかしさはあるが、そのくらいならやってやらなくもない。そんな風に思っていた。
だが、俺は舐めていた。貞操観念が逆転した世界を。高校生の悪ノリを。
「それより、開催時間を決めて、執事のショーをやろうぜ?」
俺の想定を斜め上行く展開に、流石に声が出なかった。
執事のショー? 何するの? いや、嫌な想像がつくからやっぱいいや。
だが、嫌な予感というものは、当たってしまうものだ。
「そりゃあ、歌って踊るのが定番だろ?」
当然のように嫌な予感が当たってしまう。
確かに元の世界のメイドカフェでも、そういった催しがあるのを知っている。
知っていたのに、何故初手で止めなかったのだ。
もしここで「流石に恥ずかしいしやめようぜ」と言っていれば流れは変わったかもしれない。
言い出しっぺが男子というのも最悪だ。
もし女子が言っていたら「うわっ、最低」とか言っておけば男女から総スカンを食らって即座に提案は却下されただろう。
だが、言い出したのは男子である。
女子からは変に非難の声が上がらず、男子からは「まぁ他のヤツがやるなら」と、内心ではノリノリで言い出すからだ。
というか、実際そんな感じで話がついてしまっている。
もう止める事は出来ない。
なら俺が出来るのは、ここでダンゴムシのようにひっそりと小さく、丸くなってやり過ごす事だ。
やるとしても教室のスペースを考えれば3~5人程度。
そして、やるなら仲の良い友人同士が定石。
自慢じゃないが、俺はクラスメイトで仲の良い友人が居ない。なので誘われないって寸法よ
だから下手に目立たなければ、お鉢は回ってこない。そう、目立たなければ。
「こういうのって、島田君が得意そうだよね?」
刹那。クラスメイトの視線が俺に集まる。
おい、人が目立たないように息を殺してるのに、なんで俺を名指しで指名するんだよ! 意味わかんねぇよ!
いや、意味はちょっと分かったかも。今は皆制服姿で、男子はカッターシャツを第1ボタンまでキッチリ締めている。
対して俺は、第3ボタンまで開けっ広げだ。暑いから。
元の世界で言う、ビッチ系ギャルに当たるんだろうな。例えるならカッターシャツを開け広げてブラが丸見えの格好、そら目立つわ。
そんな恰好のギャルなんだから、そういった催しに指名されるのは当然とはいえば当然か。
いやいや、納得してる場合じゃない。
ただでさえ羞恥プレイのような格好をさせられてるのに、そんな恰好で歌って踊るとかどんな辱めだよ。完全にくっころ案件じゃねぇか。
そもそも俺陰キャだよ? そんな事言われて急に出来るわけないじゃん?
「いや、俺そう言ったのは苦手だから」
と一応断ってみるけど、冷静に考えたらこれテンプレだわ。
クラスメイトに強引に押し切られるときのテンプレセリフだわ。
「そんな事ないって!」
「島田君なら絶対似合うから!」
そんで予想通り、テンプレの返事が返ってきたし。
ここで愛想笑いを浮かべながら、後ろ頭を掻いて「えー、そんな事ないよ」なんて言えば押し切られるテンプレ展開が待ってる。
だからこそ、絶対に断るという強い意志を見せなければならない。
「いや、俺小学校と中学校の時、音楽の先生やクラスメイトから『音痴だから歌わないようにして』って言われたのがトラウマでさ……」
勿論、そんな事言われた事はない。言われてるのを見た事はあるけど。
音痴が治らない人種ってのは、音楽の時間に真面目にやっても一部の人間から「ふざけてる」と怒られ、酷い場合は「だったらずっとふざけてればいい」と突き放されてしまう。
今の俺の発言を聞いて、極一部は「真面目にやってればそんな事ならなくない?」と言ってるが、大半はそれを宥めている。思ったより大人だな。
おかげで、歌って踊る執事ショーには参加しないで済んだ。
何人かには「トラウマを克服するために、やろうよ!」などとスポ根みたいな事も言われたが、それでも嫌だというと、他の人が「無理にやらせるのは良くない」と諦めるように説得してくれたりしたのはちょっと申し訳なく感じたが。
他に誰がやるかで、言い出しっぺの法則により提案した男子と、その友人たちが歌って踊る執事ショーのメンバーになった。
やれやれ。なんとか窮地は脱したか。
なわけがなかった。
「それじゃあ、他の執事ショーも決めようぜ」
そう、文化祭は1日あるのだ。
1回のショーで終わるわけがなかった。
「島田君は歌ったり踊ったりしなければ、出てくれるんだよね」
いいえ、そもそもショーに出たくないです。
「それじゃあ、コントとかは? ほら、島田君あのネタ面白がってやってたじゃん」
あのネタというのは、前にやっていた、女子のメイド服のスカートを暖簾に見立てたギャグだろう。というかそれしか思いつかない。
ま、まぁどうしてもって言うなら、やってやらなくもないんだからね!
「別に、それくらいなら……」
女子のスカートに入って、パンツを拝むだけの簡単なお仕事です。
そんなの俺が金を払う側なのではと思うが、ここは貞操観念が逆転した世界。むしろ俺がお金を払ってもらう側になるのだ。貰わないけど。
「それじゃあ、せっかくの文化祭だから、男子がメイド服着てやるとかどう?」
おいバカやめろ。
この世界では女はズボンを穿かないし、男はスカートを穿かないはずだろ?
固定観念はどうした固定観念は。
いや、大倉さんの漫画でも、文化祭とかで女子がズボン穿いてからかわれるシーンや、逆に男子がスカートを穿いてキャーキャー言われるシーンはいくらでもあった。
文化祭とかのノリで、女装や男装するのはこの世界でも当たり前なのだろう。
実際に、男女ともにズボンやスカートを嫌だ嫌だと言いつつも、顔には興味ありますとでかでかと書いてやがる。
「ねぇねぇ、スカート穿かせるなら松村が良くない? すね毛濃いし」
「めっちゃ分かる」
コソコソと話す女子。
とても嫌な話を耳にしてしまった。
この世界の性癖で、すね毛フェチというのは根強い人気があるからな。男らしい部分ってのは全て性癖に入るせいで。クソッたれ。
男子も女子もその辺りは言葉にせずとも理解しているのか、メイド服を着る男子は松村で満場一致した。
予行練習として松村のメイド服のスカートに入ったら、松村のすね毛が顔や腕に当たってめっちゃチクチクした。
誰だよ貞操逆転世界が美しいとか語ってたバカは!
もしそんな事言ってるやつが居たら、顔面にすね毛こすりつけてやるからな。
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