第46話「もしかして、島田君が私を好きなんじゃなくて。私が島田君を好きだった?」
大倉さん。
欲望に忠実な行動をとる彼女ではあるが、元からそんな性格だったわけではない。
幼い頃は引っ込み思案なところがあったが、それでも、彼女にはそれなりに友達が居た。
だが、中学にあがるにつれ、彼女は孤独になった。
周りはアニメを卒業し、アイドルやファッションなどに興味が移り替わっていったからである。
共通の話題がない中で、無理に会話をして相手に気をつかわせしまう。なので、クラスではひっそりと息を殺し、空気になる事を徹していた。
クラスに同志が居なくとも、同じ趣味嗜好を持つ人間がいる部活に行けば、友達が出来るはず。
そう思い、漫画研究部に籍を置いた大倉さんだが、周りは元々友達同士だったグループで別れていたせいで、ここでも息を潜めぼっちになっていた。
結局中学時代はロクに友達が出来なかった大倉さん。
高校デビューを夢見るも、3年という月日をぼっちで過ごして来た彼女がいきなり変われるはずもなく、結局は何も変わらない。
なんなら染みついたぼっち力のせいで、同じ同士が近くに居ても上手く声をかけられず、もしかしたら「大倉さんも興味あったりする?」などと声をかけて貰えるかもという淡い期待をしては裏切られる日々。
そんな彼女が栄太郎に声をかけたのは、本当に偶然だった。
たまたま大倉さんが教室に入り、自分の席への通り道に栄太郎が居た。スケベな格好をして。
漫画に出てくるような『オタクちゃんに優しいギャル男』のようなポーズとセリフを言っている栄太郎が気になり、つい声をかけてしまった。
「あっ、島田君も博多の錬金術師に興味あるの?」
声をかけた後、すぐさま後悔した大倉さん。
どもって喋る自分は明らかに変な奴だ。ウザがられるかもしれない、なんなら「きもい奴に話しかけられた」と笑い者にされるかもしれない。
そんな不安でいっぱいの彼女だったが、予想外に栄太郎からそんな態度を取られる事はなかった。
「ねぇ、栄太郎とどんな話をしたの?」
そして、栄太郎という共通点を持つことにより、西原とも話すようになった大倉さん。
‐この縁はどうすれば維持できるのか‐
せっかく出来た友達。
だが、このままでは、もしかしたらまた段々と疎遠になり、ぼっちに戻ってしまうかもしれない。
そんな悩みを抱えた大倉さんが出した結論が、ありのままの自分をさらけ出す事だった。
彼女にとってこの縁が切れるのは避けたい。もしありのままの自分を素直に出せば嫌われるかもしれない。
でも……と彼女は考える。
このまま何もせずに、疎遠になる事の方が耐えられない。
何もしないで消えるくらいなら、いっそ。
そんな大倉さんの考えは、結果として良い方へと転んでいった。
たまたま、栄太郎が貞操が逆転した世界から来た人間だから、大倉さんにスケベな目でジロジロ見られても気にしなかったので。
栄太郎のせいで悪い成功例を覚えてしまった大倉さん。
段々とエスカレートしていく彼女が、あと一歩踏み込めば、栄太郎とスケベが出来るかもしれない。
その一歩手前で、彼女は見てしまった。栄太郎の顔を。目を。
別に、普段から栄太郎の顔を見ていないわけではない。
ただ、欲望丸出しで、事あるごとに栄太郎の胸元へ目線が行ってしまっている大倉さん。
だから、彼女は今まで気づいていなかったのだ。自分が栄太郎の事を好きになってしまっている事に。
「あっ……そろそろ、お部屋に戻った方が良いんじゃないかな?」
自分の顔が真っ赤になってる自覚がある大倉さん。
なので、栄太郎にそっぽを向き背中越しに話しかける。
「あっ、ほら。男子一人でこんな時間にウロウロしてたら危ないし」
栄太郎が何か言っているが、上手く頭に入ってこない大倉さん。
ただ、頭に入って来なくても口は勝手に動く。
「ダメダメ。あっ、部屋まで送ってあげたいけど、誰かに見られたら変な誤解生むかもしれないから、ここで。じゃあね」
宿に戻ると、スリッパに履き替えパタパタと廊下を早足で歩く大倉さん。
一歩ごとに、先ほどまで栄太郎と自分が何を話していたか思い出せなくなっていくのを感じる。
「あれ、大倉さん顔赤いけど大丈夫?」
自分の部屋に戻った大倉さん。
相部屋の女生徒が大倉さんの顔を見て、少しだけ驚いた表情を見せる。
「あっ、うん。ちょっと外を散歩してたんだけど、思ったよりも暑かったからかな」
「そっか、それじゃあクーラーの温度ちょっと下げておくね」
「ありがとう」
軽くお礼を言うと「今日はもう眠いから」と言って布団に入る大倉さん。
布団の中で目を瞑ると、瞼に浮かんでくる栄太郎の顔。
栄太郎の顔が浮かぶたびに、バクバクと心臓が脈打ち、そんな脈打つ心臓を必死に抑えようと、布団の中で丸くなって胸元を抑えるが、胸元を抑えた両手から伝わる鼓動のせいで余計に意識をしてしまう。
「もしかして、島田君が私を好きなんじゃなくて。私が島田君を好きだった?」
同じ部屋の女子に聞こえないよう、布団の中でぼそりと呟く大倉さん。
彼女の問いに答えるように、心臓がひと際大きく跳ねた。




