女勇者の禁書覚書21
少しの水に冷やしていると痛みはなくなりひりひり感もなくなっていた。
再び一番色の薄い豆を選んで摘まもうとするが、今度はすぐにつままずに、人差し指で少し触ってみてから大丈夫を確認した後、指で豆を摘まんで鼻に運び、においをかいでみる。なんだかまだ生っぽい青臭いにおいがほのかにした。まだまだだ。そう思うと再びガスコンロに火をともした。カチカチと音がすると火がともり、薄い青い炎が勢いよく出てくる。このガスコンロの構造はよくわからないがそれほど難しい構造ではないようだが・・・かなり気になったが・気になったのでガスコンロの下を見てみたがガスをためておくガスボンベからガスコンロへとつないでいる管がクリップで閉められていてガスが漏れないようになっているぐらいで・・あとはカチカチ音がしているぐらいの場所があるがこれは火打石ではないかと思う。
ガスコンロに火をつけた後、弱火で熱した。豆の中身を見るまでもなく、きっといや、まだ母の豆のいり方より火が通っていないのは明らかだった。初めてのことなのでかなり自信がなかった。
何事も経験なんだ。そう強く思った。
それほどではないにしろある程度、数分くらいはたっただろうか?一向に何も変化がなかった。においも少し焦げたような青っぽいようなものだった。
ああ、こんなことになるぐらいなら一度きっちりと母にコーヒーのいり方を教わっておくべきだった・・。後悔先に立たずという言葉を思い出す。まさしく今だと思うがどうにもならない。
いつまでもたらたらやっていられないのでガスコンロのグリルを強めにして炎を強くする。
するとどんどん焦げ目が強くなっていき、不安で怖くなって一度火を消してしまった。
また後悔の念が頭をよぎり、泣き言を言い、半泣きになっていた。
ああ、あの時、真面目に聞いていれば・・。
さらに泣きそうになるのをこらえて、ガスコンロのグリルを回して火を入れる。
淡い色の炎は勢いよく出てフライパンを熱する。
するとみるみる焦げ具合が出てくる。においもそれらしい香ばしいにおいにと変わっていく。
うん、これでいいんだ。
不安なため自分自身を納得させる言葉だがなんらかの確信を持つことができたようだった。
よし。こげ茶からほとんど真っ黒な色になっていた。においはさらにコーヒーのにおいへと近づき、今はもう、よく飲んでいる豆の色と香りだった。
焦がせればいいんだ。それが今日、得た経験だった。
ガスコンロの火をグリルを回して止める。
私は嬉しくなって一度飛び跳ねて、空中で片手を天井につきあげていた。
やっほー。その言葉を軽く口にした。
火を止めて数分間がやたら長く感じられていた。近くの椅子に腰を下ろして、フライパンの中のものを拾い上げる。みな、どれも均一の焦げ目がついていた。途中、炒っているときにプライパンをゆすったのがよかったのだろう。
豆はまだ熱かったが触れることができないというほどでもなく、片手に持ちじっくりにおいと少し舐めてみて味に法も確認してみた。
まぎれもない、いつもの味であった。
これだ、直感的にそう感じた。
プライパンに均一に小さな円を描いて豆を並べているため、大した数の豆をいることはしていなかったが自分が飲む分には十分だと思う。
ここからは結構、力仕事になる。この固くなった豆を砕く作業に入るのだが専用の砕き機器がないため、棒とすり鉢で粉々にしていかないといけない。少し前にこの作業は母からやらされたものではあったがその時はかなり豆が固いので強引にすり鉢でつぶそうとすると、硬くなった豆は簡単に飛んでしまうし、硬いだけに繰り返し力をこめるのが重労働であったし、つぶしの仕上げは母にやってもらったほどだった。
「粉にすればするほど味がより深くこく出てくる」と母は言って懸命に腕に力をこめていたのをみていたのを思い出していた。
「あ、ハムだ」
棚からすり鉢と棒を探すためいろいろとあさっているとめったに口にしない燻製のおそらく豚肉だと思われるものが出てきたり、薄い桃色の円柱形のハムが出てきたりしていた。正直、少し口にしてみたがったが、母に何かそのことで追及されるよりも豆を完成させることに目が行っていてあまり気にならなかった。
その私のお目当てのものは棚の下の段にあり、すり棒とともにあったのので台所におき、炒った豆をすり鉢に入れていく。
粉砕機。
ふっと頭に思う浮かんだことはすぐに理性によって打ち消されてしまって・・。
「ないものはない」
いつか、そんなものポンと変えるだけのお金を持ってやると思い至った。
「はあー」
なんだかなあー。
やる気は出てくるのだが半減したやる気しか出てこないのだった。
豆がポンポン飛んでいくのを拾いながら繰り返し棒に力をこめる姿を容易に想像できるためだろう。
腕に力を込めていく。上からゆっくりと押しつぶすように力を込めていく・・まだはじいてこない・・。
「よしよし、このままおとなしくね」
ささやくようなつぶやきを口にしながらさらに力を込めて豆をつぶしていく。やはりというか、棒の中心部にある豆はつぶれて砕けるが周辺の何粒かは任意の方向へ飛んでいく。いったん力を籠める手を放して、飛んで行った豆を拾いに行く。小さいため飛んで行った方向をある程度見ておかないとだんだんと豆が少なくなってきてしまう。
友人が隣で見ていたら馬鹿笑いされるのは目に見えていた。
これがこんなに難しいことだとは思ってもいなく、昔、隣で母が豆を飛ばしていたのを笑っていた自分が今、ここにいた。
私自身、今、笑いたくなっていた。
それでも根気よくつぶしを続けた。飛んでは拾いに行き臼に入れなおして、また飛んでは取りに行き臼に入れなおした。繰り返し、繰り返し。
かなりの時間が立っていたと思うが、こんなに時間がかかるとは思ていなかったために、やり初めの時間などは見ていなかったので、どれくらいかを図り損ねてしまった。
やり終えて改めて臼の中を見てみるとかなり砕けてはいるがさらにつぶしたほうがいいと感じてはいたが腕が痛くなってきていて、全身を使っていたようなので軽く息を切らしている。汗もこの寒さなのに出てきているようだった。
「はあ、はあ」
どうやら肩で息をしているようだった。
一度、大きく息を吸い込み、吐き出す。
だいぶ収まってきたようだ。世の中、何事も経験だ。この時、そう強く思わずにはいられなかった。
本来は、この豆は砕くものであって、つぶすものではない。市販のコーヒー豆も何かできられたようにすっぱりとした切り口だった。においも、今、入れようとしている豆にそっくりだが市販のほうがもっと香ばしい香りがしていた。
「まだまだだな」
思ったことをつぶやいてしまった。
これ自体は大したことではないのかもしれない・・・でもそんな大したことでないことすら今の私にはできていない・・。
豆の成分を抽出させるには何かに包んでいた。えっと・・確か・・濾過紙だ。確かに紙だったはず。
「いや、金属製の目の細かい金網が手っ取り早いか」
これはよくお茶にも使われているもので、ある程度は記憶に残っているがお茶はいつも母が自分が飲むついでに入れるもので当の私は数回ぐらいしかそれで入れたことがなかった。
細かい茶葉ですら通らない、だから、この荒くつぶした、割れ潰れたといっていいようなものでもきっと通らないに違いない。
なにせ茶葉よりずっと大きい。細かい茶葉を思い出してみる・・とあれはかなり細かくしてある。
あれはどうやったのかと疑問が頭にわいてくるが・・・やっぱり少し考えてみたがわからない。ああ。わからないことが多すぎる。だが逆にこれも後で調べてみようと楽しみが増えたのだった。
濾過紙と金網の双方とも探した。個々の台所付近の棚をやたら目ったら探しまわして、戸を開けたり閉めたりしていると、肩幅よりやや大きい棚の中のちょうど目線より少し下あたりの場所にきゅうすとともに金網が横にあった。
ろ過紙は見つからなかった。金網よりろ過紙のほうが流れにくいのを私は覚えていた。
「ま、いいか、これで」
小声でつぶやいた。
いや、確か金網は流れやすいがコップの底にたまるものが多かったと思う。紙のほうは殆ど底にかすが溜まらなかった記憶が、わずかだが残っていて、私の判断はこれだとは決められなかった。
ここは紙を使うべきか、金網で我慢すべきか、それとも両方やってみるべきかと頭を悩ませ始めていた。
少しの時間考えていた。おそらく少しでは済まなかったと思われる。
まだ昼間の明るさは十分だが、ここには時計が置いていないため、何分かとは言えないのだ。
両方で入れてみるに決めたのだった。そうなったためろ過紙を探し始める。金網を見つけたように棚の取っ手を方っぱなしに開けたり閉めたりしだした。
金網が見つかった場所から順次探したが、ここにも、隣の棚にも皿とかお茶碗とかは多数見つけられたが目的のものは見つけられなかった。
「あれー、昨日あたりに見たはずなのにもうない・・そんなはずはないはず・・?。」
もう一度注意深く、元から探し始めるとなんと金網から少し離れた同じ場所にあったのだった。
私の記憶ではろ過紙は真っ白のものだったのだが、探し当てたこれは薄茶色でとてもろ過紙とは思えないほどだった。
茶色のものもあるんだ、へー。
少し感心していた。
そのろ過紙に右手を伸ばして手に取る。よく観察していろいろまわしてみたり、紙の網目をよく見てみたが白いほうとの違いは色を除けばわからない。形は広げると円錐形になり、とがったほうから抽出物が出てくる仕組みだ。
まあ、間違える人はいないだろう。
でも最初は戸惑い、半泣きになりそうになりながら構造を理解した。
その頃は12歳ぐらいだったと思う。
台所は耳が痛いぐらいに静まりかえっていて、自分の呼吸の音と作業音以外は聞こえない。
手を止めると耳の痛くなるような静寂に包まれる。
息を吐くと白い水蒸気が出てくる。
おそらく外は氷点下に近いだろう。この日は白い水蒸気は一段と濃く、はっきり見えていた。
外を歩いていたせいかそれほど寒いとは感じなかった。
今頃になって手が冷たいことにも気づいた。
「うー、寒い」
気づいたその寒さに身震いを感じたが、かなりというほどでもなかった。まあ、歩いてはいないとはいえ手を動かして力を込めているためそれほど感じなかったのだろうと考えている。
あ、お湯。
やかんに水を入れてお湯を沸かしていることに気づかなかった。
もうだいぶぼこぼこと煮だっているから沸騰し始めてらだいぶたっていたことを物語っていた。
すぐにコンロの火を落として、薄茶色に輝くやかんの中身をもって、ゆすって確かめるとお湯がだいぶなくなっているのが分かった。
半分くらいだろうか?
それでも数杯は飲める。
おわん型臼に入っている豆をちらりと見ると、すり棒をもってさらに軽くゆっくり押し潰す。
もう豆はつぶれているためにさらにつぶれた。
「よし」
確認の気合の声を一発はなった。
正直、めんどいなー、ああ、どうしようかと悩んでいた。
確かに金網でもできるのか確かめたいが、もう疲れていてそんなことはどうでもよくなってきていた。
ここは機会なのだから、二つやるべしと頭はそうささやいてはいるが、いかんせ、体には豆を押しつぶすときにかなりの力が必要で、力を入れすぎると任意の方向へ飛んでいき、さらには集中してゆっくりしっかりと押しつぶしていかなければならず、集中力を疲れたからといって抜くとやはり豆はあらぬ方向へと飛んでいき、飛んで行った方向も見ていかなければならず、気の滅入る作業だった。
それがこの段階でたまりにたまり出てきていたため、どうでもいいやという気持ちと、いや、きっちり最初だけでもいいからやるべきだとの本能と理性の戦いがしばらく続いていた。
私はその場そのままに座り込んでしまった。どうするべきか・・・。
いびつにつぶれた、粉々になった、まだ原形をとどめているまめを区別することなく、スプーンを下のほうの棚から取り出して金網に入れていく。
それでも戦いは決着がつかずにいたため、さらに強くやるべきなんだと自分に言い聞かせて脳内の争いは閉幕した。
つまり、ろ過紙にも同様に豆を金網とおんなじくらいの分量を入れた。
熱湯入りのやかんを手にして濾過紙から先に湯を入れていった。その円錐形をした薄茶色のろ過紙はすぐにいっぱいになり、少しの間待っているとどんどん奥に吸い込まれていき、お湯のたまりがなくなるとまたやかんの湯を注いでそれを数回繰り返したら、湯ポットの中に紙ごと豆が落ちてしまった。
しまった、うっかりだが仕方ないといえば仕方なかった。お湯をつい、入れすぎてしまっているのもあったかもしれない。そんな考えをしながら、今までそんなにこれをやってきたことがないからだとも考えてはいたが、自分に言い訳はしなかった。
ただ、私はやるべきことをしただけだと淡々とした感情にした。