慄くダンス教師
自分の役目を思い出し、一足先に冷静さを取り戻したダンス教師が引きつった顔で踊り子たちに指示する。
「では、まず皆さんが普段から踊っているダンスを私の手拍子に合わせて踊ってみてください」
引きつった顔のダンス教師がそう告げると、リリカを含む踊り子たちが一斉に踊り出す。色鮮やかな衣装を着た踊り子たちが、蠱惑的に舞うその姿は太陽の下で咲き誇る大輪の花々のようだった。
だが――その中でもリリカは、段違いの美しさを放っている。
リリカの踊りは暗闇の中で灯された、蝋燭の炎のようだった。その小さな瞬き一つ一つがこちらの視線を捉えて離さず、他の踊り子たちは火に近づく羽虫のように見えてしまう。
そんなリリカの舞いにダンス教師やカインはおろか、同じように踊っていた他の踊り子たちすら我を忘れそうになった頃に彼女たちのダンスは終了した。全員が踊りを止めたのを確認すると、ダンス教師は踊り子たちにそれぞれ指導をしていく。王城務めのダンス教師なだけあって、彼女はリリカのダンスに酔いしれた人々の中でも比較的冷静に対処しているように見えた。
「指先をきちんと揃え、綺麗な印象を与えるように」「もっとスローテンポにして、全体的に優雅さを加えるように」などと他の踊り子たちへ的確なアドバイスをした後。ダンス教師は改めて、リリカに向き直りその不可思議な深緑色の髪を見つめる。
「……あなたには何の欠点もありません。信じられないほど何もかも完璧で、私が教えられることは何もないレベルです。……おかしなことを聞きますが、あなたは本当に『リリカ』という名前の新人なのですか? 『リリム』という名前の女性と、何か関係はありませんか……?」
密かにダンス教師の様子を窺っていたカインは、この言葉に戸惑いの色を表す。
ダンス教師はリリムの踊りを間近で見てきて、それに魅了された可能性が一番高い。もともとこの教師は「アナベルの取り巻き」である自分たちを気に入っていないようだった。そんな彼女が私情からリリムと結託し、アナベルや王子たちを害する可能性はありえない話でもない。カインはリリカの美しさに慄きつつ、心のどこかで冷静な部分でそんな疑念を持っていた。だが今、リリカと対面するダンス教師はカイン以上に恐れを抱いているようだ。血の気が引き、無意識に後ずさるダンス教師にリリカは涼し気な顔で答えてみせる。
「先ほども言っていましたが、そのリリム様という女性は一体誰のことなのでしょう? 私はそんな名前、聞いたことありませんが……」
「……そう、ですか。いえ、それなら良いのです……そうですよね、おかしなことを聞いてしまい申し訳ありません」
口ごもりながら、なんとかそう答えるとダンス教師は逃げるように授業終了を宣言する。
踊り子たちは怪訝な表情を見せながら、それに従い立ち去ろうとするがそこにカインが割って入ってきた。それに待ったをかける。そのほっそりとした繊細な美形っぷりに踊り子たちが見惚れる中、カインはリリカに向けて鋭く声を上げる。
「リリカさん、私が話を通しておきますので貴女は明日からこのダンス教師の指導に通うようしていただけませんか?」
唐突な提案に、後ろにいたダンス教師がぎょっとするがカインは冷静な口調で続ける。
「当面の宿や給金などについては、追って連絡いたします。ですからどうか、これからこの時間に城へ足を運ぶようにしていただきたいのですが……」
警戒心を唾液と共に飲み込むカインは、胸の奥で必死に策を張り巡らせていた。
カイン個人の先入観によるものではなく、リリカは確かにリリムに似ている。ダンス教師の問いかけを見て、それを確信したカインは「何としてもここでリリカの正体を探るべきだ」と結論付けた。リリアの時のように王城へ住まわせるのは危険かもしれないが、決まった時間にダンス教師の元へ通うのであれば対策やその素性を探る時間もできる。アナベルの仇を取るためにも、ここでリリカを逃すわけにはいかない……そんなカインの心情を知ってか知らずか、リリカはニッコリと微笑んでみせる。
「でしたら、喜んで」
絡みつくようなリリカの笑顔に、ダンス教師はカインの後ろで一人恐れ慄いていた。