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踊り子のリリカ

 カインが最初に目を付けたのは、リリムの生家であるフネラル公爵家だった。


 謹慎中のリリムの弟に連絡を取り、公爵家にいた頃のリリムや彼女を生んですぐに亡くなったというリリムの実母について情報収集と提供を呼びかける。「アナベルの取り巻き」の一員であり、カインたちにとっては同級生でもある彼はこれに快く応じてくれた。続いて平民のリリアについても小さな情報を拾い集め、その素性を探ろうとする。


 それと同時に、アナベルが死ぬ直前に授業を行っていた王城のダンス教師にも話を聞いた。


「私は教師としてアナベル様にダンスの授業を行っていましたが、良くも悪くも彼女を特別扱いしたことなんてありません。その、リリアさんというリリム様そっくりの女性も人伝てに噂を聞いただけですよ。だいたい、私の仕事は雇い先のご令嬢にダンスを教えることであって同じ城で働く侍女の一人なんて、いちいち相手にしていられません」


 何度も同じことを聞かれ、うんざりしている様子を隠そうともしないダンス教師にカインは詰め寄る。


「本当にそうですか? 内心では平民出身のアナベルを見下し、わざと酷い言い方をして彼女を貶したのでは? あるいはリリム・フネラルの死を悲観し、勝手な正義感を振りかざしたのでは?」


「確かに、時々強い言い方をしてしまったことはありますがあくまで指導の範囲内です。そもそも私の教え子はアナベル様やリリム様だけではありません。今日だって王城にお越しのお客様から、『自分の領地にいる踊り子たちに稽古をつけてほしい』という依頼を受けているのです。妙な言いがかりはよしてください」


 眉を顰めるダンス教師はそう言って、カインの脇を強引に通り抜けようとする。しかしカインはその腕を取ると、男性にしては細い腕でダンス教師を無理やり立ち止まらせた。


「ならば、私もその場に同行させていただきましょう。文官として視察、あくまで業務の最中の見物として授業を見学させていただきます。ただ見ているだけであれば、問題ありませんよね?」


 半ば決めつけるような、断定的な口調のカインにダンス教師は「勝手にしてください」と突き放すように答えた。




 王城の、ダンスホールの一室に数名の踊り子たちが集まっている。そこに思いもよらぬ美形、カインが登場にその場にいた踊り子たちが一斉に色めき立った。


 線が細く、すらりとした体型に気品を感じさせる出で立ちのカインは女性の目を引くのに十分だ。だがそんな見た目麗しい踊り子たちの中で、一人澄ました顔をしている女にカインとダンス教師は目を見開く。


「リリム……!?」


 思わず零れ出たカインの言葉に、その美しい踊り子は首を傾げて答えてみせる。


「すみませんが、私の名前はリリカです。つい最近、踊り子になったばかりの新人ですが……今日はよろしくお願いいたします」


 そう話す踊り子、リリカの姿にカインは息を飲むことしかできない。


 陶器のように真っ白な肌と、何一つ欠点の見当たらない完璧な目鼻立ち。長い黒髪を二つ結びにして、露出の多い派手な衣装を着たその格好は貴族令嬢の時からはかけ離れたものであるが――その一部だけが深緑色になった不気味なその髪は、紛れもなくリリムと同じものであった。


「珍しいでしょう? この髪。小さい頃、不思議な流星群を見て一晩中その光を見ていたら次の日の朝にこんな風になっていたのです……」


 リリカはカインが自分の髪を見ていることに気が付いたのか、その緑色の髪を撫でつつ誘うようにクスリと笑う。その途端、カインは自分だけ時を止められ瞬きすらできなくなったように感じた。


 公爵令嬢リリムが亡くなった後、彼女そっくりな平民のリリアが現れた時。そしてそのリリアが、愛するアナベルと共に不可解な死を遂げた時。それでもカインはまだ、「死人が生き返るなんてありえない」と思っていた。


 自分とよく似た死体を用意し、自らの死を偽装する。自身の替え玉となるような女性を用意し、彼女を王城に送り込んむ。どれも無理のある話だが、幼い頃から勉学以外の努力をしなかった彼にこれ以上の可能性を考えることはできない。ましてアナベルを失ったショックから取り乱していた彼は、リリムへの憎悪を拗らせさらに視野が狭くなっていた。




 しかし――今、こうして自分と向かい合っているリリカはどうだろう?




 まだリリムには替え玉となる令嬢がいるのかもしれない。他人の空似で、特徴的な深緑色の髪に誤魔化されているだけかもしれない。そんな合理的な理由も考えられなくはないが、目の前にいるリリカの次元の違う美しさはそんな希望的観測を粉々に打ち砕いた。その圧倒的な美貌に不気味さを添える、緑色の髪もどこか毒々しいものを孕んでおり……カインはこの時初めて、異常な死を遂げたリリアや目の前にいるリリカが何か自分たちの想像をはるかに超える凄まじい怪物なのではないか? と疑うようになった。


「まぁ、今日はせっかく王城のダンス教師が直々に私たちのダンスを指南してくださる貴重な場なのですし……まずは私たちの踊りを見てくださいませんか?」


 いつの間にかこの場の主導権を握るようになったリリカは、ダンス教師に向かって毒花のように妖艶な笑みを浮かべてみせる。その姿はカインが混乱するのを楽しんでいるかのようだった。

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