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その令嬢は舞い戻る  作者: ミント


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許されない少女

「……死んだか。意外と長く楽しませてくれたな」

 ルシウスは満足げに、リリルの顔を覗き込む。




 涙と涎で顔を汚し、ついには白目を剥いたリリルだったが最後は瞼を閉じ力尽きたようだ。


 その死に顔には筆舌に尽くしがたい苦痛を味わった形跡があるものの、やはりこの世の者ならざる美しさを漂わせているように思える。ルシウスはそんなリリルの頬を、両手で愛おし気に撫で回した。堪えきれない笑みを零すルシウスはそのまま、上機嫌で従者たちに「おい」」と声をかける。


「姉上のこの、美しい首は残しておきたい。それ以外の部位はどう処理をしても構わない。が……母上に知られたら厄介なので、適当に『処理』をするように」


 いいな? と念を押すように確認され、従者たちは慌てて背を伸ばした。二人の返事を聞くとルシウスは満足した様子で、今度は少女の方へと向き直る。


「よくやった。報酬は弾んでやる」


 鼻歌でも口ずさむようなルシウスの口調に、少女は頷かなかった。


 先ほどまでルシウスに言われるまま、斧を振るっていた少女は呆然と虚空を見つめている。細い手足をだらりと投げ出し、力なく項垂れるその姿は抜け殻のようだ。だがルシウスは彼女の反応を期待していないらしく、振り向くこともせずに立ち去っていくと……従者二人と少女、そして骸となったリリルだけが部屋に残される。




 リリルの体から流れ出した大量の血は、床一面を真っ赤に染めている。どろどろとしたそれからは錆びた鉄のような匂いが立ち込め、室内の空気を地獄のようなものへ変えていた。


「立てるか」


 ぬかるむ床の上で懸命に歩を進めた従者が、できるだけ穏やかに少女へ手を差し伸べる。涙と汗、そしてリリルの返り血で汚れた少女は全ての現実を拒絶しているようだ。わずかに痙攣しているその身を案じつつ、従者は再度語り掛ける。


「後のことは全部、私たち二人でなんとかする。着替えが必要なら用意させよう。だから君は、ひとまずここを離れた方がいい」


 従者は言い含めるように、少女の肩に手を置いた。




 その瞬間、少女がはっと我に返り――喉が張り裂けそうなほどの大声を上げる。




「っああああああぁっ! あ、あ……! いや……あ゛……!」


「っ落ち着け! 君はできることをやった、そうするしかなかった! だから、落ち着くんだ!」


「あ゛……! あ゛……! わっ、わたっ、なんて、ことを……!こんなの、許されない……! 絶対、許されない……!」


 狂ったように頭を振り、叫び続ける少女を従者は二人がかりで宥めようとする。


「仕方ない、どうしようもなかったんだ! 神も、きっとリリル嬢も君のことを許してくださる。だから……」




「――いいえ、許さないわ」


 凛とした一言が、その場の空気を切り裂く。




 閉じていたはずのリリルの目が開き、じろりとこちらを向いた。黒曜石のような瞳に見つめられ、少女は悲鳴を上げ従者たちも思わず息を飲む。


 手足をもがれ、死体となったリリルの目が動く。

 猟奇的な状況で起こる信じがたい出来事、しかしそれは紛れもない現実だった。長い睫毛に縁どられた目で刺すように、視線を投げ続けるリリルの唇がそっと動く。


「あなたはルシウスに言われるまま、私の『助けて』という言葉も無視して何度も何度も私の体に斧を振り下ろしてきた。その手で私の手足を切り落とし、命まで奪った。私は痛かった、辛かった、苦しかった……! ……だから私はあなたを許さない、許せないの」


 美しい顔と、手足をもがれ血まみれになった体。その凄惨だがどこかちぐはぐな光景は、リリルの言うこと――拷問まがいの方法で自分の命を奪った事実を許さないという言葉を、より強く印象付ける。


 残酷だが、反論もできない主張は少女に重くのしかかる。その言葉の意味するところは重く、少女に何かしらの「罰」がくだされるかもしれないということだった。それを理解したのか、少女は床にへばりつくように頭を下げる。


「ごっ……ごめ゛んなざい゛! わだっ、私、どう゛ずるごども、でぎなぐてっ……!」


「わかってるわ。でも、許さない」」


「っ……! ごめ゛んなざい゛、ごめ゛んなざぁいぃ゛っ……!」


 謝ることしかできない少女に、睨みを利かせるリリル。血の気が引き、真っ青になる三人と対照的にその頬は赤みがさしているようにすら見えた。少女が謝罪を繰り返し、声が枯れてすすり泣きを始めると……無残な姿で横たわったままのリリルが「きっとリリム・フネラルも、許さないでしょう」と言い出す。




「彼女は、リリム・フネラルは多くの人間に傷つけられ絶望の末に自ら命を絶った。公爵令嬢であるにも関わらず……いえ、公爵令嬢であったからこそ大勢の人間に苦しめられた。フネラル公爵家令嬢として生まれなければ、貴族令嬢という立場でなければ他に生きる道があったかもしれない。平民でも助手でも、踊り子や騎士にだってなれたかもしれない……けれどリリムに、それは許されなかった。世界は彼女に、『可哀想な公爵令嬢リリム・フネラル』であることを強要し続けた。……だから彼女はこの世の全てを恨んだのよ」




 唐突にリリムの名前を出されて凍りつく従者を前に、リリルは言葉を紡ぐ。


 その瞳は鋭く吊り上がり、目に映るもの全てを呪い殺そうとしているようだった。触れれば業火で焼き尽くされてしまいそうな、激しい憎悪の念。その剥き出しを突きつけられ、従者も少女も立ち尽くすしかできなくなる。


「リリム・フネラルの周りは悪意で溢れていた。他者を踏み躙り、甚振り傷つけることを正当化し、苦しむ相手の姿に悦びを得る。そんな、悪魔よりも悪魔のような人間たちが許せなかった。母も、居場所も、公爵令嬢としての矜持も! 何もかもを奪いながら、それでもまだ何かを奪おうとする彼らが! その様を憐れみつつ、『自分にはどうしようもない』と言って平然と見捨てる者たちが! ただその場に居合わせただけの、小さな虫や花さえも! リリム・フネラルは憎かった! 憎くて憎くて、堪らなかった!!」


 目に涙を滲ませながら、徐々に声を荒げていくリリル。地獄の底から響いてくるようなその声。リリム・フネラルの悲惨な人生と、リリルの惨状を天に向かって訴えようとしているその姿。血の海の中で無残に横たわりながら、それでも必死に呪詛の言葉を吐き続けるその様は――美しかったリリルが初めて、「醜さ」を見せつけてきたような瞬間だった。




 しかしリリルはそんな自分を隠すように一度、黙って荒い呼吸を整えるとまた美しく落ち着いた表情に戻る。




「……そうやって怨念を抱えたままこの世を去ったリリムは、舞い戻ることにした。自分の恨みを果たし何もかも破壊するため、自らの絶望と苦しみを味わわせてやるために……でもリリムは心のどこかでわかっていた。『全ての人間が悪いわけではない、無関係な人間は巻き込むべきではない』と。例えリリムを助けようと、庇おうとした人がいても力がなければ無意味という事情があったことは確かと……だから、ルールを作ることにした。『自分に直接、害を加えてきた相手だけに罰を与える』とね」


 少女が「はっ……」と呼吸を飲み込む。自分がリリルの言う「ルール」に該当すると気づいてしまったのだろう。その反応が予想通りだったのか、リリルの唇が満足げに弧を描く。


「リリムはそれまで、自分が決めた法則を忠実に守ってきた。自分に害をもたらさなかったダンス教師や女騎士たちには、手を加えず適当なところで退場してもらうことにした。舞台を整えるのに協力してくれた医者たちのためには、全ての罪を被りその場から手を引くことにした。宿敵たちにペラペラと余計なことを喋った音楽家も、恐ろしい思いはさせたけど命までは奪わなかった……でもその理で言うと、あなたは罰を受けなければならない。なぜならあなたは自分の意思で、ルシウスに従ったのだから……でも、そうせざるを得なかったという事情も見て取れる」


 リリルの言葉にたじろぐ様子もなく、ただじっと耳を傾けているだけの少女。自分の涙もリリルの返り血も乾き始めた中で、視線だけがずっととリリルの方を向いている。それを見守る従者たちもまた、身動き一つできず固まることしかできなかった。この場で唯一、支配者として振舞うリリルが静かに告げる。


「あなたには、贖罪の場を与えましょう。……今から言う、私の『命令』をよく聞きなさい。ルシウスの言うことが聞けたのだから、私の言うことも聞けるでしょう」




「……お前、何を考えている。一体、何をするつもりだ……」


 それまで黙っていた従者の一人が、ようやく口を開く。


「あら。あなた、そんな口が利けるのね。ルシウスに言われなければ、何もできないものと思っていたけれど……」


「っ……わ、私たちはルシウス様に付き従うのが仕事だ……だから……」


「そうね、あなたたちもそうするしかできなかった。ルシウスに逆らえず、黙って言うことを聞くことしかできなかった。……けれど、その理由を盾にあなたたちは同じようなことを繰り返してきたのでしょう?」


 リリルが鋭く言い放てば、従者たちは口ごもる。




 ――リリルの言う通りだった。


 北の療養所で医師を拘束した時も、リリルを馬車に乗せてここまで運んで来た時も。従者たちは「経験」があったからスムーズに動くことができた。ルシウスに細かい指示をされなくても、その意図を把握し咄嗟に行動できるぐらいにはそのような事態に慣れ切っていた……逃げるように目を逸らした従者たちを、リリルはせせら笑う。


「私以外にもこんな目に遭った人間はいる、あなたたちはそれに加担してきた……今日だってこの少女が負い目を感じず、何の罪悪感も持たずに私の手足を切り落としていたらあなたたちは平然としていたでしょう?」


「……それ、は……」




「――だから、あなたたちには『制裁』を加えるわ。私だけじゃない、私以外の犠牲となった人間のために」




 リリルの言葉が終わると同時に、従者たちの手に小さな痛みが走る。


 はっと掌を見てみれば、黒い点のようなものが浮かんでいた。最初は針の穴ほどの大きさだったそれがどんどん増えていき、広がっていくと――巨大な杭で貫かれたような、激しい痛みへと変わる。


「っうああああああっっっ!」


 痛みが指から手首へ、肘から二の腕まで広がり従者たちは蹲る。しかしその痛みはやがて両足にも伝染し……悶え苦しむその姿は先ほど、斧で手足を切り落とされたリリルのようだった。


「あなたたちは、ルシウスの手足となって働いてきた……だから、手足をもらうわ」


 笑うことをやめ、冷たく言い切るリリルの傍で――少女は思考を放棄し、自分に下される「命令」の言葉を待っていた。


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― 新着の感想 ―
説明回! というか従者はダルマにされたけど生きてるんだよな? ルシウスに話さない? ……もうそんな気もないか。
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