リリルのダンス
ルシウスが、斧を持たせた少女の背中を押す。
色褪せた髪の少女はふらふらと歩き、リリルの横たわるベッドへと近づいた。それからなんとか斧を振り上げると、重みのせいで一瞬バランスを崩しそうになる。咄嗟に、前へもたれかかるように体の重心を移動させれば――斧の先端はリリルの右腕に深く、突き刺さった。
「っあ゛ぁあ゛っあ゛あぁっ!!!」
リリルの凄まじい悲鳴に、少女がはっと目を見開く。
二の腕の辺りに斧が食い込み、痛みに悶えるリリル。その傷口から溢れる赤い血は、さながらリリム・フネラルの異名であった「朝露に濡れた薔薇」のようだった。少女は弾かれたように斧から手を離し、後ずさるがその背中をルシウスが止める。
「駄目ですね。さぁ、もう一回」
どこか満足げにそう言うルシウスは、リリルに突き刺さった斧を取り上げた。少女が声にならない悲鳴を上げ、その場にへたり込む。だがルシウスは目線を合わせるように、しゃがみ込むと少女の指を斧の柄へ添える。
「早くしろ」
短くそう告げられ、少女は咄嗟に斧を持つ手へ力を込める。だが、恐ろしさのあまりすぐには動くことはできず――もう一度、ルシウスに急かされてからようやく首を横に振った。
しかしルシウスに肩を掴まれ、強引にリリルの方を向かされると壊れた操り人形のような動きでぎこちなく腕を振り上げた。一瞬、目を逸らしそれを振り落とせば――血の噴水と共に、リリルの絶叫が響き渡る。
斧の重さで肉や皮膚を破壊することはできても、少女の力では切り落とすまでには至らないのだろう。打撃と斬撃、両方の痛みを併せ持ったそれは肉体を破壊しながら中途半端に苦しみを残す。
その凄まじい苦痛に耐えかね、リルルが身をよじらせると鼻をつく錆びた匂いがその場に広がっていった。ルシウスはそんなリリルの様子を、目を爛々とさせながら見つめている。
「姉上、それはお得意のダンスのつもりですか? 揶揄わないでください、姉上はもっと上手に踊れるでしょう。さぁ、もっと叫んで暴れてみっともない姿を見せてくださいよ。もっと、もっと!!」
興奮を隠そうともせず、頬を染めながらそう囃し立てるルシウス。自身の手によって引き起こされたものながら、現実離れした光景に少女は軽く意識が遠のいた。しかし気を失うことは許されず、ぐらぐらした視界で必死に目を凝らせば……リリルの黒曜石のような瞳と、視線がぶつかる。
「っ……やめ、て……お願い、助けて……!」
美しい顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃに歪めながら、必死にそう懇願するリリル。
その姿は貴族令嬢でも不老不死の化け物でもない、ただ理不尽で一方的な暴行を受けただけの「被害者」だった。そんな彼女が助けを求める先が、自分であると気づいた少女は斧を取り落とし……そのままボロボロと泣き出し始める。汚れた手で耳を塞ぎ、ぎゅっと目を瞑るその姿は「この状況を少しでも受け入れたくない」という意思表示をしているようだ。
「……ルシウス様、時間がかかりすぎです。これではいつまで経っても終わりません、後は我々が……」
見るに見かねた従者の一人が、そう言って少女とルシウスの間に割って入った。だがルシウスは片眉を上げながら、「なぜ止める?」と返す。
「こういうことをするのは、別に初めてではないしお前たちだって見てきただろう。それとも……今更、この僕に逆らうつもりか?」
「っいえ! 決して、そのようなわけでは……」
「なら、最後までこいつにやらせるんだな」
そう話を終わらせると、ルシウスは少女に向き直り斧を持つよう指示をする。
「言っただろう、『姉上の両手両足を切り落とせ』と。だからきちんと切れるまで、何回でもやり直さないと駄目だ」
「やっ……あ……でも……」
「いいから、やれ。ほら」
「っ……むっ、無理、です……わた、私には……」
「――なら、お前を代わりにあのベッドへ縛りつけようか?」
ルシウスの無感情な問いかけに少女がぴたりと動きを止める。
リリルの唸り声は絶えることなく、ずっとその場に響き渡っている。しかし、それが自分の身に降りかかるのだとしたら。ついさっきまで自分がやっていたことを、自分がやられる側になるのだとしたら――それ以上は思考することができず、少女は立ち尽くす。
「ちゃんとできなければ僕がお前の手足を切り落す、それが嫌なら僕の言うことを聞くんだな」
そう言い放つルシウスは楽しそうな表情をしているが、その焦げ茶色の瞳には見る者全てを氷漬けにしてしまいそうな威圧感があった。それに凄まれ、すっかり抵抗する気力を奪われてしまった少女はがたがたと震えながら斧を持つ。
依然として苦痛に満ちた声を漏らし続けるリリルは、少女に「いや……やめて……お願い……」と必死に命乞いをする。しかし少女の方はそれが耳に入っていないのか荒い息を吐きながら、ゆっくりと斧を高く振り上げた。その拍子に少女のかっと見開いた目と、冷や汗で濡れた肌が見える。
「っごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
少女は半ば呪文のようにそう言いながら――リリルに向かって勢いよく斧を振り下ろした。




