次期公爵ルシウス
「イアン様が亡くなった、という報せを聞いたからあんな辺鄙な場所まで足を運んだというのに……これならあの医師の指を一本ぐらい、切り落としておけば良かったです」
馬車を降りたルシウスは心底、がっかりしたと言いたげにそう呟く。
公爵令息である自分に臆さず、有力な情報を吐くこともなかった医師を殴ったことで一時的な憂さ晴らしはできた。
だがルシウスが追い求める謎――将来有望と期待されていた令息と彼らに愛された平民の少女が次々に不可解な死を遂げたこと。その場に必ず、死んだはずのリリムにそっくりの少女が関わっていたことについては何一つ解明できていない。アナベルやエドガーはもちろん、死ぬ前に接触できたイアンからも大した情報は得られなかった。
「元王太子で、リリムの婚約者でもあった筈なのに使えない……結局まともな情報を残してくれたのはカイン様だけですか。次期宰相候補と言われた頭脳は一応、本物だったようですね」
しかし、その情報も曖昧なものばかりである上に内容は公爵令嬢のリリムと平民のリリア、踊り子のリリカの三名で話が止まっている。隣国出身の騎士であるリリエと、北の療養所の助手だったリリィについても調べたところで新しい情報は出てこないだろう。
そんなことを考えながら、ルシウスが進んだ先にあったのは――フネラル公爵家領の一角にある、救貧院だった。
「……お世話になっております、ルシウス様」
院長である年配の男性は、渋い顔で頭を下げる。
フネラル公爵家の名を冠したこの院では孤児や高齢者、職を失った者など生活に困窮している者を保護し支援することを目的としている。利用者への援助や対応など経営や利用者への対応といった実質的な活動は院内で働く職員たちが行っていた。そのため公爵令息という立場にあるルシウスがわざわざこんなところに足を運ぶ必要などないのだが、それでもルシウスはよくこの場を訪れている。
職やその日の衣食住を求め、集まってきた貧困者は皆その神すらも見惚れるような美貌に息を飲む。だがルシウスはそんなことを気にも留めず、完璧な「心優しい好青年」の表情を浮かべながら院長へと語り掛けた。
「それで、例の件……この院の利用者に聞いておいてほしい、とお願いしておいた話について何か進展はありましたか?」
「あぁ、それは前に何度かお話しした通り……『黒い髪の一部だけが深緑色に染まっている美少女』といえば皆、亡くなられたリリム様ぐらいしか知らないと言っております。稀に『何十年も前に見たリリンという名前の令嬢が、そんな見た目をしていた気がする』と言う方もいますが……いずれも呆けた老人、信憑性には欠ける話ばかりです」
うんざりした口調で語る院長に、ルシウスはそっと顔を近づける。
「その、リリンという女性に関してもお話をお聞きしたいのです。年長者の話はよく聞くべきですよ、長生きしている分それだけ多くのことを知っているはずですから……年寄りの妄言だなんて、決めつけは良くないです」
穏やかに、優しくそう語り掛けるルシウスは丁寧な印象を崩さない。その言葉の内容も良心的だ、本当なら疑うところなど何一つないだろう。
だが――それでもこの救貧院の長たる彼は、曇った表情のままルシウスに答えなかった。
するとルシウスもすっと真顔になり溜め息をつく。
「本当に進展がないようですね、面白くない……なら、せめてリリムについて話している者は? リリムの母親、元公爵夫人のことでも構わない。どんな証言でも次期公爵の僕が許してやる。それでも、何か出てこないのか?」
「っ……申し訳ありませんが、そちらも変わりないです……」
突如として口調の変わったルシウスに対し、戦々恐々としながら院長は答える。
もっとも、ルシウスの変貌に驚いた様子はなく「次期公爵」の名を出されて怯んだようだ。すっかり委縮してしまった院長に、ルシウスは完全に冷ややかな視線を向ける。
「仕方ない……なら今日は『斡旋』を頼む。僕の言う通りに、この院にいる領民たちの中から適当な人間を用意しろ」
「っ……る、ルシウス様。前にも説明したと思いますがこの救貧院は生活困窮者を支え、保護するための場所なんです。その利用者を、ルシウス様の私用でもののように扱うのは……」
「そいつらを生かすための資金はどこから出ている。この救貧院に、フネラル公爵家の名前が入っている理由がわからないわけではないだろう? 僕の、フネラル公爵家の出資が無ければお前だってその『生活困窮者』の仲間入りになるんだぞ」
「っですが……!」
口ごもりつつ、それでも何か必死に言おうとする院長。だがルシウスの目――異次元の美しさと、言い知れぬ恐ろしさを兼ね揃えたそれを前にすれば抵抗の意気は徐々に失われていった。そんな院長へ畳みかけるように、ルシウスは言い放つ。
「同じようなことは、前にも何度かやらせただろう。今更やめたところで罪はなくならない、『どういうわけか』姿を消した領民も戻ってこない。……ですから今回もお願いします、院長」
最後の最後に、今までの態度が嘘だったかのように温和な態度で語り掛けるルシウス。
見えない何かで緩やかに、首を絞められたような院長は――「こんな男が次期公爵になるなんて」と思いながら、それでも頷くことしかできなかった。




