王太子イアン
嵐のような騒乱、阿鼻叫喚の地獄絵図。目の前で繰り広げられた、あまりに凄惨な光景に失神する者さえ現れた。
隣国の女騎士の中でも医学知識のある者と、この国の騎士団に所属する専属医がすぐさまリリエとエドガーの救護に当たる。だが焼け焦げた肉の放つ強烈な臭いと、それでも互いに引っ付いたまま離れない状態の二人は誰がどう見ても「手遅れ」としか言いようがなかった。
その惨状を前に、イアンは幸か不幸か意識を保ったままでいる。リリムらしき少女の手で、また一人友人が命を落としたこと。それが目の前、国王や隣国王女もいるこの重要な場で起こってしまったこと。その死に様が惨たらしく、ショッキングであったこと……衝撃、悲しみ、悲哀、恐怖。様々な感情がイアンの頭の中でぐちゃぐちゃに渦巻き、その混乱で動けずにいると複数人の騎士がイアンを拘束した。
やめろ、放してくれ。
そう懇願するイアンを無視して、騎士たちは強引にイアンを引きずっていく。友人の惨たらしい姿を見せたくないためか、エドガーに続きこれ以上何かされたら困るためか……そんな事情を一切話さないまま、イアンを引きずる騎士たちは王城の一室の前で立ち止まる。
「イアン王子の身柄は、しばらくこの部屋で軟禁させていただくことになります。これは国王陛下の命ですので、指示があるまでは決して部屋から出ないように……」
そう語る騎士の目に、王太子である自分への敬意や配慮は欠片も見られなかった。こちらを蔑み、突き放すような白く冷たい目……その視線に「自分はもう『王族』として扱われていない」と感じて絶望する。
かつてのイアンは、「王太子」という立場に見合うだけの成果を上げていた。
頭の良いカインや腕力のあるエドガーのように、何かずば抜けて優れている部分はないが彼らを率いてまとめ上げるだけの能力は持っている。アナベルという一人の女性と恋に落ちて「彼女を幸せにしたい」という願いを叶えられるだけの力もあると、漠然と信じていたが……それが徐々に削られていくのを感じながら、イアンはただ絶望に浸る日々を送ることになった。
「おい。父上は、国王陛下は一体何をしているんだ?」
「僕は王子なんだぞ。これからどうするつもりなるんだ?」
「音楽家殿はどうなった? 隣国王女は? エドガーは?」
「おい、何とか言え!」
半狂乱になったイアンがそう叫んでも、答える者は誰もいない。食事を用意する給仕たちも、イアンを見張っているらしい騎士たちもイアンと目が合うと気まずそうに目を逸らすしかしなかった。慰めも咎めもしない彼らを前に、イアンはますます恐怖を膨らませていく。
これから自分は、一体どうなるんだ。
イアンのその疑問を解消したのは、たった一人で部屋を訪れた国王陛下だった。
「王太子イアン・ロードには北の療養所での静養を命じる」
人形のように無感情な目つきで、きっぱりそう告げた国王は「お前は何ということをしてくれたんだ」と溜め息をついた。
「エドガー・シーは隣国王女の接待の場で、彼女を護衛する女騎士に斬りかかった。本来なら戦争に発展してもおかしくないほどの大事件だ。余や大臣たちが必死に頭を下げ、どうにか最悪の事態を免れたが……代わりに多額の賠償金と、港の運営権を一つ差し出すこととなってしまった」
「でも、エドガーは僕や音楽家殿を守るために……!」
「剣を手放し、ただ踊っていただけの女を斬りつける凶行がそんな戯言で許されると思うか? 女騎士リリエは自衛のため持たされていた爆薬を使い、身を挺して王女を庇った英雄だ。我が国の騎士団長は責任を取って自害し、居合わせた音楽家殿は事件のショックで心神喪失状態へと陥り今ではろくに会話もままならない。それもこれも全て、お前やエドガーたちを襲った『病気』のせいだ……」
「『病気』……?」
唐突に現れた、聞きなれない単語にイアンは目を瞬かせる。そんな息子を前に、国王は淡々とした口調で語ってみせた。
「騎士団長は自ら命を絶つ前、騎士団専属医に自身の息子と王太子イアンの診察を依頼した。その結果、お前たちは同じ病気に罹っている可能性が高いと……その病は罹患した者に激しい被害妄想と幻覚、幻聴をもたらす奇病で、症状が悪化すればするほど正常な判断ができなくなる。平民の娘アナベルや文官カインが亡くなったのもおそらくそのせいだ、と……そう診断したのだ」
自分が何を言われたのかわからず、イアンはしばらく言葉を失った。だがその内容を理解していくにつれ、みるみるイアンの頭に血が上っていく。
「僕の言うことを! アナベルたちの死を! 全て『病気』のせいだと言うのですか!?その上、王太子である僕を北の療養所へ収容!? ふざけるのも大概にしてください!」
「そう思われるようなことを、してきたのではないか。……異国に嫁いだ余の大叔母が、男児を三人出産している。その三男を余の養子として迎え入れ、彼を新たな王太子として即位させる予定だ。王太子イアンが『完治』しなかった場合、彼に国王の座を継いでもらうこととなるだろう……」
「そんな、無茶苦茶な!」
激高し、叫ぶイアンはぜいぜいと肩で息をする。だが国王の目は、どこまでも冷たかった。怒りも呆れもない、ただ「もう関わりたくない」という気持ちだけを露わにしたその態度。それを取り繕うこともなく、国王はイアンに言い放つ。
「その無茶苦茶をやらないと、誰も納得できない事態になっているのだ。北の療養所は王族か、王族に並ぶ高位貴族のみが収容される特別施設だ。思う存分、『治療』に専念すると良い」
彼の地は寒いが、自然豊かな土地にあるそうだからな。
そのままイアンの護送を命じた国王は、踵を返し部屋を出ていく。後ろの方では騎士に取り押さえられたイアンがまだ何か、喚いていたが国王はもう振り向きもしなかった。




