リリエのダンス
丸腰になったリリエに驚いているのは、この国の人間だけで他の女騎士は平然とその背中を見守っている。
それどころかリリエに続き、数人の女騎士も揃って剣を手放し前へと躍り出ていた。そんな彼女たちを見送りながら、隣国王女は悠然と微笑む。
「我が国で召し抱える女騎士は、剣術だけでなくダンスも身につけるよう指導しております。これは王族女性を間近で護衛しつつ、舞踏会などの華やかな場の空気を壊さないようにという配慮ですが……本日は急な予定変更のお詫びに、私が引き連れた女騎士団の中でも精鋭の者たちにダンスを披露させようと思います。皆、王女である私が目を見張るほどの実力者ばかりですので……ぜひ、ご覧になってください」
その言葉と共に、リリエを含む女騎士たちが全員頭を下げる。それから姿勢を正すと、それぞれが一斉に踊り始め――音楽家はその動きに合わせて、弾かれたように演奏を再開した。
今晩の演奏会は隣国王女の予定に合わせて、急に開催が決まったものである。
音楽家は隣国の女騎士たちがダンスも踊れるなんて知らなかったし、彼女たちが自分の演奏に合わせて踊るつもりだということも今この場で初めて知った。その情報を聞きつけ、秘密裏に打ち合わせする時間がなかったということは直前まで会話していたイアンとエドガーが証明している。
しかし――それが信じられないほど、女騎士たちの踊りは音楽家の演奏と調和し一体化した「美」を作り出していた。
その美貌も、深緑色の髪も、全てが計算し尽された完璧な動きも。ただ溜め息をつくことしかできないほどに美しく、欠点が見当たらない。リリムと同じ「ダンス」という特技が出たことでイアンを含むこの人たちは皆、恐怖を感じていた。だがリリエのすらりとした肢体が描く、人間業とは思えないほどのダンスを目にして気がつけば誰もが我を忘れている。リリエが「美しい音楽に、もはや言葉は不要」と口にしていたがそれは音楽以外の芸術でも同じことなのだ。そうして、言葉にもできないほどの素晴らしいダンスと演奏が終わった後……リリエは最後に、音楽家へと微笑みかける。
「やはり、踊りは楽しいものですね……音楽家殿、もしあなたに孫娘がいらっしゃったらぜひ彼女にもダンスを学ばせてください。王城にいる、優秀なダンス教師にご教示いただければきっとすぐに上手くなるでしょう……」
音楽家はその瞬間、はっと顔を上げる。
ポニーテールに、隣国騎士が着用する紋章入りの軍服。服装だけなら、隣国に所属数女騎士の一人にしかすぎない。
だが――その黒曜石のような瞳は、形のいいくっきりとした目鼻立ちは、湿原のような深緑色の髪は間違いなくリリム・フネラル公爵令嬢のものだった。その確信を得た瞬間、エドガーが走り出す。
(やっぱりリリエはリリムだった! このままじゃ、あの音楽家が殺される!!)
自分が守らなければ、あの悪魔を斬り捨てなければ。エドガーはほぼ反射的に、そう考えていた。「騎士団長令息」という立場に甘んじないだけの、鍛え抜かれた肉体は誰よりも早く動く。エドガーは腰に差した鞘から、剣を抜くと――それをリリエの体に向かって力強く振り下ろした。
リリエの肩から腰に、真っ直ぐな血の裂け目ができる。会場では悲鳴が上がり、リリムはがくんと膝をついた。音楽家は腰を抜かし、イアンは驚愕に目を見開く。
「っやった! アナベルとカインの仇だ! 俺が、この悪魔を倒したんだ!」
血の滴る剣を片手に、エドガーは達成感に満ちた笑みを浮かべる。
これで全ての悪夢が終わる。自分は騎士として、イアンとこの国を守ったのだ。そう信じてやまない、エドガーだったが――
「剣を捨てて両手を上げろ!」
隣国の女騎士がそう叫び、ぐるりと円を描くようにエドガーを取り囲む。
リリエと共に踊っていた女騎士たちは、自らの体を盾にして隣国王女を庇っている。剣を抜いた女騎士は皆、一様にエドガーに敵意を向けすぐにでも斬りかかろうと身構えていた。何が起こっているのかわからず、咄嗟に振り返るエドガー。しかしその目に飛び込んできたのは、自らも剣を抜きこちらに向かってくる父親の姿だった。
「このっ……不届き者!」
全身から警戒心を発しつつ、自分を睨みつけるその表情は「エドガーの父親」ではなく「騎士団長」のものだった。そこで冷静になったエドガーは、ようやく自分が「犯罪者」として扱われていることに気がつく。
救いを求めてイアンの方に目を向ければ、彼は怯えてその場に立ち尽くしていた。音楽家は縋るように楽器へしがみつき、何か声にならない呻きを口にしている。じりじりと距離を縮めてくる女騎士たちへ、抗うように剣を握りなおすエドガーだったが――そこで斬り捨てたはずのリリエが、ふらりと立ち上がった。
リリエはよろめきながら、エドガーの腕にしがみつく。そのまま、半ば倒れこむようにエドガーへ体を預けると――血まみれになった服のポケットから、何かを取り出した。その手に握られた管らしいものを見た瞬間、剣を構えていた女騎士たちが一斉に悲鳴を上げる。
リリエが「それ」を握りつぶした、次の瞬間――大きな破裂音が響き、リリエとエドガーの体が瞬く間に、炎に包まれた。
「っぎゃああああああっ! 熱いっ! 熱いぃぃぃぃぃっ!!!」
熱さを通り越し、全身を串刺しにされるような凄まじい痛み。その苦痛に身悶えするエドガーだが、リリエはエドガーに掴まったまま少しも離れようとしない。そのまま火は二人の服を、髪を、皮膚を、肉を燃やし続ける。
慌てて水を用意し、二人を助けようとする者もいたがその時にはもう遅かった。まだらな火に焼かれ続けたその体は、黒焦げになってしまったところや真っ赤に腫れあがってしまったところがほとんどで誰がどう見ても助かる状態ではない。
しかし、頑丈な体を誇っていたエドガーは皮肉にもまだ意識があった。息をしようとすればするほど、熱と痛みが全身を襲う。焼け焦げた自身の体から熱された命の源が溢れ出し、それがまた皮膚を焼き尽くしていくような苦しみの中。エドガーの耳に、喋ることなど不可能なはずのリリエの声が響いてくる。
「あなたのように熱い男は、よく燃えますわね」
エドガーはその言葉と、体内外を焼かれた苦痛に身を焦がしながら死んでいった。




