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音楽家と昔話

 隣国王女とリリエによる、奇怪な色の炎を見た国王はさらに焦りを見せ始めた。


 火に纏わる技術の発展は、戦争や兵器の進歩にも繋がりうる。それを堂々と、大勢の前で披露したのは単なる見栄ではないだろう。もはや隠す必要もないほど、隣国では浸透しきっている技術であること。しかもそれは、リリエという不気味な女騎士がたった一人で使用可能なものであること。それがいかに強力で、圧倒的なものかをわざわざ大勢の前で見せつけに来たのだ……上品な笑みの裏に隠した、隣国王女の余裕と牽制に国王は徐々に余裕を失っていく。


 王城に呼べる芸術家たちで場を繋ぎ、宰相には何度も音楽家の現在地を確認する。同時に自身の愚かな息子――イアンへの注意も怠っていなかった。


「っフネラル公爵家令嬢との婚約を破棄し、あのアナベルとかいうろくに踊りもできない女を選んだのはお前だろう! いつまでもあのリリエとかいう女騎士に固執するな! あれは他人の空似、リリム・フネラルとは別人だ!」


「……申し訳ございません、父上……」


 頭を下げながら、イアンは唇を噛み締める。


 愛するアナベルを貶されたこと、リリムとの婚約破棄という自身の行いを否定されたこと。いずれも腸が煮えくり返る思いだが、それ以上に「なぜ自分だけが」という理不尽さも感じ取っていた。国王も本当は、リリエとリリムを重ねていたのではないか。それを口にして、現実を受け入れることを恐れ息子である自分に全ての責任を押し付けているのではないか……その不満を飲み込み、しおらしい態度を取るイアンだがそれでも国王陛下は落ち着かない。


 イアンが考える通り、国王もまたリリムに似た少女が現れることに恐怖を抱いている。


 ただ、玉座に就く立場とプライドが辛うじてそれを上回っているに過ぎないのだ。そのバランスが隣国王女のさりげなく、高慢なアピールで崩れかけているのだ。今、この国で信じられるのは高名な音楽家だけ……焦燥感に駆られ、穏やかな顔を見せるのは外交の場だけで、もはや父としても統治者としても余裕を失った国王。その怒りは騎士団長やエドガーにも及び、それがより一層エドガーの怒りを燃やしていく。


 王城全体を包む空気が爆発寸前にまでなり、もはや内戦まで起こるかとなった頃――ようやく、「音楽家が到着した」という一報が届く。


「音楽家殿はなぜか、『イアン様にお会いしたい』とおっしゃっているのですが……」


 混乱した様子の宰相に、国王は渋い顔をしながら愚息の顔を思い浮かべるのだった。




 現れた音楽家は杖をついているものの、その双眸は鋭く彼の意思の強さを物語っている。


 見るからに気難しそうな顔つき。国の有力貴族たちを前にしても全く怯む様子のないその態度。王城という、本来なら王族が発言力を持つはずのこの場所で絶対的に権力を持っているのはこの老いぼれの音楽家だった。国王や宰相たちが頭を下げるのに合わせて、イアン――本当なら拒否したかったが、音楽家直々に指名されたとあってか仕方なくこの場にいた――も釈然としない表情で首を垂れる。




 相手が国内随一と呼ばれる音楽家とはいえ、これでは立場が逆ではないか。




 不満を抱えるイアンをよそに、国王と音楽家は互いに挨拶を始める。


「この度はお越しいただき、誠にありがとうございます。王城にいる間は何不自由ない生活を約束いたしますので、どうか隣国王女の前ではその素晴らしい演奏を……」


「誰が前であろうと儂は常に最高の音楽を提供する。それこそが音楽家の使命だ、どんな相手であろうとそれは変わらん」


 音楽家は不愛想な口調で、国王陛下の言葉を遮る。


 イアンはそれに反発心を抱くが、国王は音楽家が来たことに安堵したようだ。そんな父親の姿により一層、苛立ちを抱えるイアン。しかしそのイアンを一瞥すると、音楽家は憮然とした表情で話を続ける。


「まぁ、他にも色々と気になる話も聞いたからな……最近、ダンス教師が急に王城を辞したそうではないか。彼女には儂の孫が世話になったので、気にかけていたのだが理由を語ろうともせんし……その前にも王太子の婚約破棄だの、公爵令嬢の自殺だの、色々と騒がしかったようではないか」


 じろり、と視線を向けてくる音楽家にイアンは反抗したくなる気持ちをぐっと堪える。


 音楽家がなぜ、決して王城内で安定した立場にあるわけではない自分を指名してきたのか。なぜリリムの自殺や、その後の騒動を知っている素振りすら見せながらイアンに同席するよう言いつけたのか。彼の真意は予想すらできない、だがその口ぶりと過去――幼きイアンが音楽家と会話したことがある記憶を鑑みるに、この音楽家は何か自分に言いたいことがあるはずだ。それがどのような内容かはわからないが、それを拒んだら自分の立場は悪くなる一方に違いない。




 リリエを始めとしたリリムの生き写しとしか思えない美少女たち。そして彼女たちによってもたらされる、惨く理不尽な死。




 その真相を解明し、愛したアナベルや親友のカインの仇を取るためにここは堪えなければならない。今の状況でもなお自分と共に、リリエを討ち取ろうとするエドガーや共にリリムを糾弾してくれたリリムの弟のためにも……自分が折れるわけにはいかない。リリムという不気味で、悪魔のような女に屈するわけにはいかない。そう自分を奮い立たせるイアンを音楽家は値踏みでもするかのような目つきで、じっと見つめ続けている。


「――その調子だと、この王城で何か起こっているらしいことは確かなようだな。よろしい、せっかく遠路はるばるここまで来たのだ。もし若き王子が悩み、この状況を打開したいと望むのであれば……儂が一つ、昔話と忠告をしてやろう。ただし、あくまで儂が音楽家としての使命を果たすために演奏の用意をし終わってからだ……それまでは例え国王陛下が相手であろうと、決して邪魔はさせんからな。わかったか?」


 プロとしてのプライドの高さを意識させるような、音楽家の言葉。その迫力に国王たちは半ば気圧されたようなに返事をすることしかできなかったが、イアンだけは音楽家の言葉に戸惑っていた。




 ――イアンがこの音楽家に初めて会ったのは、まだ幼かった自分とリリムとの婚約記念パーティーを行っている最中のことだった。場を盛り上げるため、そして二人の婚約を祝うために演奏された曲の数々は確かに素晴らしかった。しかし、その最中に隙を見てそっとこちらに近づいてきた音楽家の言葉は今でもイアンの心に残っている。


『良いか、若き王子よ。どんな名曲も、どんな駄作も必ずその調べを奏でる者が存在する。だから……』


 その言葉の先は、イアンの記憶の彼方に追いやられてしまった。最初は美しいリリムと結婚することができたのが嬉しかったものの、徐々にその完璧すぎる振る舞いと深緑色の髪が不気味だと感じ始めたからかもしれない。結局、音楽家が何といったかイアンは未だに思い出せずにいた。


(あの老いぼれが一体、何を知っていて何を僕に伝えようとしているのかわからないが……それで真実に近づけるのなら、いくらでも話を聞いてやる。それに……この音楽家はリリムの存在やリリムが死んだことも知っているんだ。あの女騎士、リリエを見ればきっと何か反応を示すはず……その様子を見れば、何かわかることがあるかもしれない)


 このままではエドガーやリリムの弟、イアン自身にもリリムによく似た少女から危害を加えられる可能性があるのだ。だったら、ほんの少しのチャンスでも掴み取りたい。


 いつの間にか父親と同じように、音楽家へ最後の希望を託しているイアン。しかし音楽家はそれを知ってか知らずか、早々に自分の必要な楽器と演奏を披露するためのリハーサルを始めてしまうのだった。


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― 新着の感想 ―
王子さまも駄目だこりゃ。 こんだけ籠絡しちゃったアナベルがスゴいのか、籠絡されちゃった男達が情けないのか。
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