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リリエとエドガー

 側近たちから聞かされたその音楽家の名前に、イアンとエドガーも驚愕する。


 彼はあらゆる楽器を使いこなし、演奏から作曲・歌唱までこなす「最高の音楽家」と呼ばれていた。頑固で気難しい性格ながら、唯一無二の音楽性と確かな才能は人々を魅了しこの国で何十年にも渡ってその名を轟かせている。


 もっとも、近年では腰痛など体の不調を訴えるようになったため都を離れ長らく公の場に出てくることはなかったのだが……今回、隣国王女の歓待のためとはいえ王城の呼び出しに応じたのは異例とも言える状況だった。


「かの音楽家は王家専用の馬車でこちらに向かっている! 彼が愛用している楽器も一緒に運ばねばならないから到着には時間がかかるとのことだが、いずれにせよ丁重におもてなしするように。何か機嫌を損ねるような真似をして、帰られてしまっては我が王家の外聞に関わる……イアン、それからエドガー。二人とも絶対に粗相をするんじゃないぞ」




 そうでなければ、もう「次」はないからな。




 国王陛下はそう吐き捨てると、イアンに冷ややかな眼差しを向ける。そこにはもう父親としての愛情も、自身の立場を引き継ぐ相手への情けも存在しなかった。むしろ、可能なら今すぐにでも切り捨てたいと言いたげなほど苦々しい表情……その態度に、イアンもエドガーも顔を強張らせる。

 自分たちに媚び、その情欲を満たしてくれた愛らしいアナベル。上辺だけではあるものの頭が良いように見えて、友人であることに誇りを持つことができたカイン。二人を失った苦しみは重く、絶望と憎悪を抱かせるが――それでも彼らは、自分たちがリリムを死に追いやったことへの後悔は微塵も感じていない。

 リリム・フネラルは公爵令嬢という立場を鼻にかけた、許されざる罪人だった。その深緑色の髪と同じように不気味で、この世に存在すべきでない人間であった……そうして自らの非を認めず、ひたすらリリムへの憎悪を募らせるイアンとエドガーは声を落として語り合う。


「とりあえず、今は父……国王陛下の意向に従うしかない。あのリリエとかいう女騎士は気になるが、隣国と争いを起こすわけには……」


「っイアン! そんなこと言ってる場合か!? アナベルとカインはあの悪魔のような女に殺されたんだぞ!? その上、ノコノコとまた俺たちの前に現れて……! このままじゃ俺やイアン、リリムの義弟のルシウスだって危ない! なんとかしてあの女騎士を捉えて、叩き斬るべきだ!」


 鼻息荒く抗議するエドガーは、王太子としてのイアンに対する敬意を忘れている。しかしイアンはそれを諫めることなく、ただエドガーと同じように身勝手な怒りを自分の中で燃やしていた。


「わかっている。これ以上リリムの好きになんて、させるものか……だがその前に、カインが死ぬ間際まで調査していたリリムの情報に目を通したい。カインならきっと、僕たち以上に詳しく調べあの女の正体に近づくことができたはずだ。それに……僕は、音楽家の方にも聞きたいことがある」


「イアン、あの音楽家と話したことがあるのか?」


 怪訝な表情で問いかけるエドガーに、イアンは気の進まない様子ながら頷く。


「まだあの音楽家が、王都にいた頃に声をかけられたことがあったんだ。その時はリリムと僕との婚約記念パーティーで……あぁ、そうだ。彼は高齢だし、長らく音楽家としての活動を続けてきたからリリムやフネラル公爵家のことだって何か知っているかもしれない。だから……」


 やるしかない、とイアンは拳を握りしめる。


「王太子」としてのイアンと、「騎士」としてのエドガー。事実上、この二人にとって今回が信頼回復の最後のチャンスだ。激情に駆られるエドガーも、頭ではそれを理解していのか仕方なく承諾の意を示す。


 リリムの再来としか思えない女騎士。その裏にいる、隣国王女という強力な後ろ盾。そして、これからやってくる高名な音楽家。


 その全てに、自分たちはどうやって立ち向かうのか――イアンとエドガーは共に、息を飲んだ。




 音楽家が到着するまでの間も、隣国王女への歓待は行われる。


 国中の芸術やエンターテイメントの粋を集め、なんとか自国の文化を見せつけようとするこの国の王家。それを目にする隣国王女も一応、好感触と言える顔をしていた。もちろん、王族である以上その本心は隠せて当然なのだろうか……それでも王女はさも満足したかのような様子で、「せっかく面白いものを見せていただけましたので」とおもむろに口を開く背後の女騎士――リリエに何かを取ってこさせる。


「今、私が持っている皿の上に不思議な物体がございます。どなたか、この粉に火を点けてみてくださいませんか?」


 リリエの一言に、どよめきが広がる。


 たった今まで一切口を開かなかったリリエが喋ったこと、しかもそれが小さな皿の上とはいえ自分に危険が及ぶ可能性のあるものであること。いずれもリリムを知る人々は、一体何事かと状況を伺っているが……そんな状況で隣国王女は悪戯っぽく微笑んでみせる。


「別に危険なことはございませんよ。指先に灯るほどの、小さな火で良いのです。それをこのリリエが持つ、皿の上にちょっと乗せてみてくださいな……」


 王女に合わせて、リリエもまたにっこり微笑んでみせる。その笑顔は死を司る女神のようで、残酷だがこちらを嘲るような色も含まれているようだった。それに反発心を覚えたエドガーが一歩、前に出る。


「それなら、俺が……シェフに火を借りてきましょう」


 言うが早いか、その場から一度姿を消したエドガーは祝典に使われる細めのキャンドルを持って現れる。


「さぁ……」


 促され、エドガーはリリエのすぐ手が届く場所まで近づく。

 髪を一つに結び、凛々しい出で立ちをしているリリエは物静かな公爵令嬢であったリリムとは、別人のようだった。だがエドガーの持つ嫌悪感――リリムに対する一方的で、意味のない不快感は確かにリリエとリリムが同一人物であると確証をもたらしていた。その長いまつ毛の下にある、大きな瞳に見つめられながらエドガーはリリエの持つ皿に蝋燭を近づける。


 皿の上にある、粉末状の何か。それはすぐに燃え上がるが――その火は見慣れた真っ赤なものではなく、リリムの髪と同じ緑色を纏っていた。途端に、人々は驚愕の声を上げる。


「面白いでしょう? 我が国の職人が開発中のもので、粉末の種類を変えれば他にも様々な色の炎を作ることができるそうです。もちろん取り扱いには注意が必要ですが、それゆえに我が国では職人芸として一生懸命にその調合を研究している最中なのですよ……」


 隣国王女の言葉に、人々は様々な反応を見せている。見慣れない、変わった色の炎に感嘆の息を漏らす者。その緑の炎がリリエの美貌と合わさり、地獄の深淵を垣間見たようで戦慄している者。湿原のような火とその明かりで照らされたリリエの美しさに惚けてしまう者……その中でエドガーだけが、自らの怒りの炎を滾らせていた。


 リリムはどんな時でも感情を見せることなく、すまし顔を崩さないような女だった。何があっても熱くなることはない、むしろ冷ややかな目でこちらを見下ろしているようにも感じるその態度。エドガーにとっては堪らなく不快で、気色悪くて、ひたすらに癪に障る……それを再確認したエドガーは、皿を持ったまま突っ立っているリリエを真っすぐに睨みつける。


 しかしリリエはそんなエドガーに全く興味がなく、冷めた態度を続けていて……エドガーはそれがまた鼻についてならなかった。




 この女、やはりリリムで間違いない、絶対に自分が、この手で制裁を受けさせなければ。




 緑の炎でどこか幻想的なようにも見えるリリエに対し、エドガのー心の中にあるどす黒い炎をより勢いを増したのだった。


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― 新着の感想 ―
なんか、イアンとエドガーが強大な敵に立ち向かう様なシーンになってる!?
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