エドガーとリリム
隣国王女との、悪夢のような時間が過ぎていく。
「この国の海鮮料理は本当に美味しゅうございます。海草をふんだんに使った料理はどれも独特で、趣向を凝らしたものばかり……これは明日からが、非常に楽しみですわね」
「……お褒め頂き、光栄です……」
ぎこちなく答える国王陛下の横で、王子イアンが思わずナイフを落としそうになる。
これから数日ほど滞在する隣国の王女たちに対し、この国の王は「文化交流」と銘打って様々な歓待を取り行う予定となっている。今、提供されている料理もそのうちの一つだ。外交を行うにあたって何の下心も他意も存在しないということはありえない。香辛料一つでも大勢の人間に求められれば、それは立派な交渉材料となりうる。だからこそ用意されたメニューだが――おそらく公爵令嬢リリム・フネラルを知る人間たちはその選択を、後悔していただろう。
「お前の髪の色は実に気味が悪い、一体どうして、そんな髪が生えてくるんだ」
かつて婚約者だったイアンは、そうやってリリムを詰ったことがある。
けしかけたのは、彼の寵愛を受けていたアナベルだ。イアンだけではない、「アナベルの取り巻き」だったカインやエドガーも共にリリムを一方的に罵って追い詰めた。本人にはどうしようもない、理不尽な言いがかりに近い追及。だがリリムは怒りも泣き喚きもせず、しおらしく項垂れてこう答えたのだ。
「死んだ母が、よく海草を食べていたから」と。
答えになっていない返答にイアンたちはますます苛立ち、リリムに口汚い言葉を投げかけたものだ。特に明るい茶髪を持つエドガーは、リリムのその髪の色を殊更忌み嫌ったものだ。
エドガーはリリムが気に入らなかった。リリムは美しかった、公爵令嬢として完璧な振る舞いをしていた。そのダンスが別次元とも言えるほどに美しく、「千年に一度の逸材」と呼ばれるにふさわしいものであることはエドガーだって認めていた。
――だが、それでもエドガーはリリム・フネラルという存在が気に食わない。どんなに暴言を吐かれても、家族やアナベルの取り巻きたちに罵られてもリリムは絶対に感情的にならなかった。何を言われても、何をしても熱くなることなはく常に澄まし顔でどこか冷ややかな表情すら見せている……エドガーはその態度が気に入らず、王太子イアンや優秀な文官であるカインに混ざってリリムをさんざん見下し馬鹿にしてきた。
エドガーは「騎士団長の息子」という親から引きついた立場があるものの、今の自分が騎士として活躍できているのは紛れもなく自分の実力によるものだと信じ切っている。その自信はやがて、「強い信念と熱い心を持って行われる努力は、何事にも代え難い」「何かに必死になることもなく、ただ漫然と過ごしている人間に行き価値はない」と歪んでいくようになってしまった。
だからリリムがどんなに美しくとも、どんなに人目を惹く魔性を持っていてもエドガーはリリムを嫌っている。リリムは自らの感情を露わにすることはなく、必死に努力しているような様子も見られなかった。ただそれだけのことだが、熱血漢のエドガーにとってこれがどうしても許せなかった。
王太子という絶対的な権力を持っているイアン。頭脳によって自らの立場を盤石にしていたカイン。そして平民という立場から「頑張って」自分たちとの距離を縮めていったアナベル。リリムの義弟だって、他者への共感力が高く時には情に厚い一面も見せる男だった。だからエドガーは彼らと好意的に接することができたし、「リリム」という共通の敵を持つことでその絆はどんどん強まっていったのだ。
エドガーは国王陛下と王子イアンの後ろで真っすぐに、殺意のこもった目でリリエを見つめる。しかしリリエはそんなエドガーの姿を見かけると、緩やかに笑みを浮かべてみせた。その態度にますます怒りも炎を燃え上がらせた。
(この女、やはり絶対に許せない……! 一刻も早くあの女をこの国で拘束して、厳しい罰を受けさせてやらねば……!)
その怒りを煮えたぎらせたエドガーは、隣国の王女が帰宅すると早々に父親である騎士団長と国王陛下に直訴した。
「父上も! 国王陛下も! あの深緑色の髪の女を見たでしょう! あれは絶対にリリム・フネラルに間違いありません! 即刻捕らえて、リリムに関する全てのことを吐かせてやりましょう!」
吠えるようにそう主張したエドガーだが、返ってきたのは父親の拳だった。国王陛下は傍らにいる自分の息子――いまだに青ざめて、恐怖を隠し切れない様子のイアンへ目を向けながら失望交じりに口を開く。
「確かに、あの女騎士は我が国の公爵令嬢であったリリム嬢に非常によく似ている……だが、たったそれだけで貴殿は隣国王女の護衛騎士を捕縛するなど可能だと思うか? そんなことをすれば隣国から戦争を仕掛けられてもおかしくないし、戦争を避けることができたとしても貴殿と騎士団長の首だけでなんとかなるほどの問題では済むまい……ただでさえ我が愚息と貴殿の評価は地に落ちているのだ。……もっと危機感を持つといい」
一言一句、噛み締めるように話す国王の言葉にさすがのエドガーも口をつぐむ。それでもまだ、何か言いたげな目つきのエドガーを騎士団長が咎めようとするが――その時、宰相が慌てて国王陛下の元へと駆け付ける。それからそっと耳打ちすると、国王陛下が「本当か!?」と初めて喜ばしい表情を見せた。
「イアン、そして騎士のエドガー。たった今、あの偏屈で有名な高齢の音楽家が今回の隣国王女接待に参加してくださると連絡があった! こんなことはもう二度とあるかどうかわからない! これ以上、漫言を口にすることは許さぬ、リリム・フネラルのことは一度忘れ王太子と騎士という立場を絶対に全うしろ! そうでなければ、それ相応の罰を受けてもらうことになるからな!」




