女騎士のリリエ
騎士たちは正しい陣形で整列し、これから来る隣国王女の到着を待っている。
エドガーは騎士団長である父の言いつけで、謹慎が解けた王太子イアンと会話することはできなかった。だが国王陛下に同席する形で、現れたイアンの青ざめた顔と、目の下に刻まれた深い隈を見れば彼の苦悩は見て取れる。騎士としての自分の主君、そして学園の同級生である親友のイアン。そんな彼が憔悴している様子を見て、エドガーはますます激しい怒りを募らせた。
今回は騎士としての職務を遂行する、だがこのまま大人しく黙っていることなど騎士の名折れだ。騎士は自らの剣の腕に全てを捧げ、己の信じる道を進み気高く生きる。それがエドガーの騎士としての矜持だった。そんなエドガーが、リリムが引き起こしたこの事態を黙って見ていることなどできるはずがない。
絶対にリリム・フネラルを捕まえてみせる、必ずアナベルとカインの死の報いを受けさせてやる……狂ってしまいそうなほどの怒気と、激しい憎悪の炎にエドガーが身を燃やしていると、たくさんの侍従を引き連れて王女がエドガーたちの前に現れる。
「――あっ」
イアンとエドガーは、同時に声を上げた。
王女を守るために控えている、隣国の女騎士たち。そのうちの一人に、誰もが目を奪われるような美少女がいた。真っ白な肌に黒曜石のような瞳、そしてポニーテールにされた長い黒髪。その一部が深緑色に染まった、その女騎士は紛れもなくリリムと同じ顔をしていた。顔だけではない、騎士として正装をして剣を持ってはいるもののその立ち居振る舞いや背格好は明らかに平民のリリアや踊り子のリリカと同じものであった。その事実に気がついた瞬間、エドガーを含むこの国の人間は全員の空気が凍る。
「……皆様、私の連れている女騎士が気になりますか?」
粛々と挨拶をした後、自分が引き連れた女騎士に目が集まっていることを察したのか王女はそっとその騎士の方へ目を向ける。
リリムそっくりのその女騎士は黙ったまま、頭を下げるがその顔には何の感情も浮かんでいないようだった。かつてのリリムを知る国の重鎮たちが、青い顔をしているのを気にせず淡々と騎士の仕事を全うしているように見える……そんな彼女の代わりに、王女がその女騎士について語ってみせた。
「この者の名前はリリエ。我が国に所属する女騎士の一人で、ご覧の通り珍しい髪をしております。私たちの住む国では『一部分だけ違った髪を持つ人間は人生で成功する』という迷信があり、加えてこのリリエは剣の腕も申し分ないので……今回も、私のお供としてここに連れてきたのです」
「……その、緑の髪は生まれつき……?」
ようやく、そう尋ねることができたのはイアンの父親である国王陛下のみだった。
他に、尋ねるべきことはたくさんある。リリアやリリカに続き、現れたリリムそっくりのこの少女は本当に隣国の人間なのか。仮に他国の人間であったとして、なぜこのタイミングで「王女の護衛」という重要な立場で存在しているのか。そして、この世に二人といないと思われていた深緑色の髪――何もかも、偶然の一致で片づけるには考え難いほど不可解な出来事だ。まして、その全てが重なるという呪われた奇跡のような出来事が起こりうるものだろうか?
多くの謎に息を飲み、間の抜けた問いかけしかできない王に対してもリリエは何の感情も示さない。今のリリエはあくまで自分が仕える王女の護衛として、ここに来ているのだ。王女はその事実を示すようにリリエの前に立ちふさがり、優雅ながらも有無を言わさぬ笑みを浮かべる。
「えぇ、珍しいものですわよね。実際、我が国でこのように深緑色の髪を持つ人間はリリエ以外に誰一人として存在しません。そのため、騎士として雇った時は『きっと山の神に祝福されたに違いない』として騎士団の見学を申し出る国民が殺到し……我が王家としては非常に喜ばしい存在なのですよ」
そこまで言われて初めて、リリエが「恐れ入ります」と声を発した。こちらの頭の中に直接囁きかけてくるような、か細くもしっかりと耳に届くその声に「ひっ」と誰かが短い悲鳴を上げる。似たような声など珍しくない。高位貴族を前にした正式な場での話し方など、似通ってくるものだ……そんな正論も、しかしリリエの放つ美しさと恐ろしさに引っ込んでしまう。
王子イアンはもはや、立っているのが精一杯で乾いた唇は震えている。エドガーも先ほどまでリリムに向けていた殺意を忘れ、しばらく呆然としていた。だが、自分の腰に差した剣の感触を確かめると――エドガーの拳にぐっと力が入る。
――探す手間が省けた、誰が何と言おうとこの女はリリムで間違いない。
リリアもリリカも、「リリムと何の関係もない別人」とされていたがいずれもリリムの関係者へ死をもたらした。死人が蘇ったのか、リリムが何者なのか。もはやそんなことはどうでもいい。騎士のエドガーにとって何より優先すべきは、「大切な友人であるカインと愛くるしいアナベルを無残な死に追いやったリリムに正義の鉄槌を下すこと」なのだ。
エドガーが燃え盛るような正義感とどす黒い殺気を放っていることを、近くにいる別の騎士たちは肌で感じ取っていた。