騎士のエドガー
「っ離せ! 何としてでもあの女を探し出して、串刺しにしてやらなきゃ俺の気が済まない!」
叫ぶ青年を、数人の騎士たちが必死に押さえつけている。
精悍な顔立ちに、獅子のような明るい茶髪。腰に王立騎士団の剣を腰に差した彼、エドガー・シーは父である騎士団長と同じように一介の騎士としてこの国に仕えていた。若いながらも鍛え抜かれた肉体に、力強い眼差し。貴婦人たちには「野性的な魅力がある」と褒めそやされるエドガーだったが、目を血走らせる今の彼はまるで猛獣のようだった。
「俺はっ、アナベルが死んだ時だって本当は我慢できなかったんだ! その上、その真相を追っていたカインまでが死に不名誉な濡れ衣を着せられるなど……! このままアナベルの仇も、カインの名誉も取れずにいるなんて騎士の恥だ!」
剣の柄に手をかけながら、獣の咆哮のように吠え続けるエドガー。それをなんとか押しとどめようとしている騎士たちは、それでもエドガーの言葉を否定することはできない。
カインは踊り子のリリカに執着していた。それは自分たちが追い詰めた公爵令嬢リリム・フネラルとアナベルを死に追いやった平民リリアの繋がりを掴むためであったが、その姿はあらぬ憶測も呼び込んだ。
書庫という人気の少ない場所で見つかった、リリカとカイン二人分の遺体。それを最初に見つけたダンス教師の、異様な慌てぶり。カインが複数人いる踊り子たちの中からリリカを指名し、「これから王城へ通うように」とカインが命じたところは多数の人間に目撃されている。
「カインは優秀な文官としての立場を利用し、気に入った女へ手を出そうとした」
「人目のない書庫へリリカを呼び出し、彼女を無理やり襲おうとした」
「リリカの決死の抵抗でカインは命を落としたが、リリカもまたカインに命を奪われてしまった」
カインの異様な死に様を知らない彼・彼女らは好き勝手にそんなストーリーを作り上げる。リリムと思しき女性が何度もアナベルの取り巻きたちの前へ現れていることなど知らない、知ったとしても半信半疑の連中にとってはその方がよほど信憑性のある話なのだ。エドガーはその現状に歯噛みし、他の騎士たちを振り払おうと暴れだす。
騎士団の中でも体格が良く、その剣の腕も確かであるエドガーは血の気も多かった。
生まれながらに立場を保証されている貴族と違って、騎士には確かな実力が必要となる。幼い頃からの下積みに入団試験での合格や武功・戦果など目に見える結果を伴うことで、初めて彼らは「騎士」として認められるのだ。実際、エドガーは王都を荒らす犯罪集団の一掃や周辺諸国との武力衝突においても学生のうちから頭角を現していたし、入団試験も父親の圧力など使わず純粋に本人の能力だけで合格している。その点において、エドガーは確かに真面目な騎士だしその性格に見合うだけの剣の実力もあった。
だが――若さに見合わない強すぎる力は、時に傲慢さを呼び起こす。
「強さ」は人の、特に男性の価値を測る上でこれ以上ないほどわかりやすい基準だ。
がっしりした体つきに戦闘センス、そしてそれを証明するだけの成功体験が重なるとエドガーは徐々に「自分は男として恵まれた存在だ」と思い込むようになった。カインのような頭の良さも、王子イアンのような血筋の高貴さも自分の強さの前では大した意味をなさない。だからアナベルのような愛くるしい少女が頼りにしてくるのも当然だし、それを助けるのも「強い男」である自分にとっては当たり前のことだと信じ切っていた。
優秀な騎士である自分は悪を成敗し、か弱い女性を助けるべきだ。それが誇り高き騎士の役目であり、強さを生まれ持った自分の使命であると……このエドガーにとっては揺るぎない、しかし盲目的な正義感もまたエドガーの思い込みを激しくする一因となっていた。
自分は優秀な騎士として、この国のために戦っている。自分が正義を貫かねば。この熱い忠誠心と正義感をもってして、公爵令嬢リリム・フネラルを何としてでも始末せねば。そんな使命感を持って、今にも飛び出さんとしているエドガーを止めるのは数人がかりでも難しいことであった。
このままでは、騎士団内で流血沙汰が起きかねない――そう懸念する他の騎士たちのまえに、まっすぐ向かってくる人物がいる。彼はそのままエドガーの頭を思い切り殴りつけると、「この痴れ者が!」と怒鳴り散らした。
「お前は自分の立場をわかっていなさすぎる! 『アナベルの取り巻き』などと揶揄されていること、カインの死によってやっと謹慎が解けたとはいえまだ世間の目が厳しいことを全く理解しておらん!」
一喝するその男はエドガーと同じ、明るい茶髪をしている。彼はエドガーの実父であり、多くの騎士のトップとして君臨する騎士団長その人だった。エドガーはそんな父親に何か言い返そうとするが、それより早く騎士団長は部屋全体を揺るがすような大声で叱りつける。
「お前が何を信じようと、何を考えていようと勝手なことだ。だが騎士としてこの国に忠誠を誓い、剣の道に人生を捧げると誓った人間が考えもなしに剣を振り回すことの方が、我が騎士団の恥だ!」
「で、ですが父上! 確かに……」
「お前も騎士の端くれなら、騎士としてのこれからの働きでものを言え! 良いか? もうすぐ隣国の王女が我が国へ親善の挨拶に来ることが決まった。我々、王立騎士団はその護衛にあたる。お前が何か申し開きがあるというのなら、そこできちんとした成果を上げてから言うものだ! これは父としての厳しさではない、れっきとした上官命令だ! これを怠れば、いくら我が子といえど容赦せんぞ!」
父親の厳しい言葉の数々に、ようやくエドガーは大人しくなる。
隣国は王子・王女が多いが資源も豊富で、外交上かなりの権限を保有している。そのため、王家の人間であれば誰が来ても丁重にもてなさねば国の未来が変わると言っても過言ではない。その大役を、冷静さを欠いたエドガーにやらせるのは決して良い話ではないはずだ。だからこそこれが、父としての騎士団長が最後にかけた情けだということがわかってしまう。
「……かしこまりました。このエドガー・シー、確実にその仕事を成し遂げてみせます……」
悔しそうにそう言い終えたエドガーは、ようやく落ち着きを取り戻し剣から手を放す。これでまずはひと安心だ、と状況を見守っていた騎士たちだったが――彼らは隣国からも、王女の護衛として一人の女騎士がやってくることをこの時はまだ何も知らなかった。




