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リリカのダンス

 カインの中性的で、すらりとした指先がリリカの肩に食い込む。


 リリカが痛がる素振りを見せたが、カインは意に介さなかった。血走った目で彼女を睨みつけるカインに、リリカが何を言っても通用しない。むしろその全てが逆効果にしかならないだろう、なぜならカインはいつだって何かと言葉を並べることで誤魔化してきたのだから。その過去を思い返すカインの前で、リリカの姿が公爵令嬢リリム・フネラルの姿に重なる。


 リリムがアナベルに何か話しかけたり、その側をたまたま通りがかるようなことがあれば「リリムがアナベルを虐めた」という仮定の下で強引に証言を集めた。リリムの噂や評判について何か耳にすることがあれば、自身の語彙力を活用し「平民の女に嫉妬する醜く愚かな女」と吹聴した。そうして自らの知識と言葉で、公爵令嬢を追い詰めることができる自分にカインは優越感すら抱いていた。だが今、カインの前にいるリリカは頑なに「自分は文字の読み書きができない」と言い張っている。そして、「できたところで意味が無い」とも……


「……やっぱりあなた、何か知っているでしょう」


 カインはリリカの両肩を掴み、そのままじりじりと彼女との距離を詰めていく。




 リリカは言葉にできない何か不可思議な力を持っている、その力で言葉だけが武器の自分を追い詰めようとしている。そう確信したカインは、リリカの体を力任せに本棚へ押し付けた。その勢いで、何冊かの本が床へと散らばる。だがリリカはカインから目を逸らすこともなく、困ったように緑色の髪を揺らす。


「っ一体、何のことでしょう? 私はただの踊り子、ここにある本を読んでも何もわかりません。そろそろ授業に戻ります、離してください……」


「っうるさい!」


 そう叫んだカインは、華奢な腕に力を込めリリカの上半身を思い切り本棚に打ち付けた。勢いよく体をぶつけられ、苦悶の声を零すリリカに数冊の本が降りかかってくる。




 ――その中の一冊、一際分厚い本がリリカの頭上に直撃した。




 ゴツン、と鈍い音がすると同時にリリカの首が歪な方へと曲がった。かと思うと、次の瞬間にはぐったりと動かなくなる。咄嗟に手を引っ込めたカインの前で、リリカは散らばった本の上にばったりと倒れ込んだ。


「……う……あっ……ひっ……!」


 自分のやったことを察し、現状を把握したカインは一時的に考えることを放棄する。だが知識を詰め込むばかりで、自分の知らない分野には興味を持とうとすらしないカインに良い案など思い浮かぶはずがなかった。


 咄嗟に踵を返し、慌てて書庫から逃げ出そうとするカインだったが――その最中に先ほど、落ちてきた本の一冊を踏みつけてしまう。それに足をもつれさせた刹那、カインの足をがしっと力強く掴む者がいた。




「――いけませんわ。大事な本を足蹴にしてしまうなんて」




 慄きと共に振り向けば、先ほど倒れ込んだはずのリリカが頭から血を垂らしながらカインの足をがっしりと掴んでいる。


 カインはそれを慌てて振りほどこうとするが、リリカの力は女性とは思えないほど強く今度はカインが床へと倒れ込む形となってしまった。派手に転げてしまったカインの視線の先には、先ほど自分が薙ぎ倒してしまった本のページたちが無造作に開かれている。


「あなたは今までかなり勉強なさって今の地位についたのでしょう。なのに……そんな風に、本を蔑ろにするなんていけないことではないのですか?」


「黙れ、踊り子風情が! だいたいお前が、お前が……!」


「あらあら、口調が乱れてますよ? それにあなたのようにたくさんの本を読んで、『本の虫』とまで呼ばれてしまうようになった方が本を粗末にするなんて……許されざることですわ。本は大切にしないと……」


 先ほどのカインの狼藉など気にも留めないといった様子のリリカに、カインは怒りを募らせる。そのまま感情的に、手近にあった本をリリカへ投げつけようとしたが――手に触れるおそましい感触に、カインは悲鳴を上げた。


「! っあ、っあ! な、何なんだこれは!」


 カインが本を手に取った瞬間、そのページの隙間から大量の虫が出てきた。


 ムカデにナメクジ、ウジなど大量の虫がボトボトと本の合間から零れ落ちてきて、それがカインの体に絡みついていく。さらにそれは一冊に留まらず、床に落ちていた他の本からも虫が這い出てきていた。そうして現れた虫たちは皆、一直線にカインの体へと向かいその白い肌の上を這いずり回っていく。やがて口や耳、鼻の穴を見つけると虫たちはその中から体の内部へと侵入しカインの体を内側から貪り食っていった。体内から蝕まれ、しかもそれが大量に続く状況はカインに壮絶な苦痛をもたらす。


「……がっ……はっ……や、やめてくれ……頼む、もう、助けてくれ……!」


 全身の穴から血を吹き出し、肉を啄まれながらそれでもまだ生きているカインは必死に命乞いをしてみせる。だがその様子を見るリリカはどこか楽しそうで、ステップを踏みながら「楽しくて仕方がない」といった素振りでカインの様子を見守っていた。さらにカインに向けられたリリカの言葉はどんなものより冷たく、カインを絶望の底へと叩き落とす。




「あなたは『本の虫』と呼ばれているのでしょう? だったら虫とも少しは仲良くなさったらいかが?」




 それだけ言って、こちらを何の感情も感じさせない冷たい表情で見下ろしたリリカの姿がカインには悪魔のように見えた。


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― 新着の感想 ―
あ~、なるほど。 本の虫だから前回毛虫が這い出てきたのか! …………もやしっ子だったら、全身の毛穴からもやしが?
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