公爵令嬢リリム・フネラル
公爵令嬢リリム・フネラル。
彼女を知る人は皆、口を揃えてこう言う――「不幸な少女だ」と。
透き通る白い肌。ふっくらとした唇。目鼻立ちの整った、華のある顔立ちに長い黒髪。しかし異様なのは――その艶やかな髪の一部が深緑色に染まっていること。本来ならありうるはずのないその特徴は、彼女の妖艶な美貌と合わさりどこかこの世の者ならざる美しさを醸し出していた。
その奇妙な美貌から「朝露に濡れた薔薇」との異名をとった彼女は、早くに母を亡くした。その原因は病死だとも、事故だとも言われているが夫であるフネラル公爵はその真相を話そうとしない。代わりにまだ幼いリリム・フネラルを王太子の婚約者とすると、自分は早々に後妻を取りリリム・フネラルには一歳と違わない義弟ができた。
次期王太子妃となったリリムは日々、厳しい王妃教育に耐えた。とはいえ、彼女にとってそれは大した苦痛にならなかったようである。歴史、言語、文化、芸術。リリムはその全てを鮮やかにこなしてみせた。特にダンスは長年、王城のダンス教師を務めた女性が「千年に一度の逸材」と表現したほどでありその美しさは見る者を虜にしたという。
だが、それだけの才能に恵まれてなお彼女は「不幸」としか言いようのない境遇にあった。
その深緑色の髪と「前妻の子」という立場を理由にした、家庭内での虐待。婚約者としてせめて、良きパートナーになるべきであった王太子の冷遇。加えて彼女が王立学園に入ると高位貴族の男性ばかりを惑わす、平民の少女が現れたことでリリムは「婚約者に近寄るか弱い少女を妬み、徹底的に苛め抜いた」とあらぬ噂を立てられ――ついには学園卒業の記念パーティーで一方的に婚約破棄を宣言された。
世を儚んだ彼女は王城から飛び降り、自ら命を絶った。その血は彼女の異名、「朝露に濡れた薔薇」のごとく王城の庭を真っ赤に染めたという。
「なんて可哀想な子なんだ」
「あんなに美しい少女だったのに」
「彼女こそ悲劇のヒロインだ」
人々はそう語り、リリムの死を嘆き大いに悲しんだ。
しかし彼らは知らなかった。リリムが自ら命を絶った直後、「リリア」と名乗るリリムそっくりの少女が現れたこと。そして彼女がリリム・フネラルの死後、まるで湧いて出たように突然現れたことを――。