白い黒幕
港から流れてくる潮風が私の赤い髪を靡かせる。私はこのフィシュタニアを走り続けていた。
「はぁはぁ、絶対まだ終わってない」
壊れた建物ばかりの住宅街を私は悲しくなりながらも懸命に五感を働かせて手がかりを探す。壊れた家、子供の泣き声、放置され腐ってしまった魚の匂い。どこかにいるはずなんだ。
「あれ、戻ってきちゃった。ぬるぬるしたやつの死体のとこ」
私はぐるりとフィシュタニアの中を一周してしまったようだ。この国は小さな街ぐらいの大きさしかないのかもしれない。
コツコツコツコツ
「誰かいるの」
私はぬるぬるとした生物の死体の後ろから聞こえてくる足音にそう問いかけた。
私の直感がコイツはやばいって叫んでる。
「まさか初級魔法ごときでこいつを倒す奴がいるとはねぇ」
バンっという一瞬の轟音と衝撃波によって足音の主が通るための道を作るように死体に穴が開いた。
「あまり自分の手を汚したくないからこんな面倒な手を使ったのに。結局私が出るのなら無駄なことだったな」
コツコツと近づいてくるその正体は何なのだろうか。とにかく私の体は恐怖のせいかなかなか動けそうにはなかった。
「あなたは一体何者なの!」
先ほどの衝撃波によって巻き上がった砂埃の中から現れたのは黒のタキシードに黒いマント。その姿はまるでヴァンパイアをほうふつとさせる。白い肌をしており、綺麗な白髪は後ろで束ねられている。見ただけでは男なのか女なのかを特定するのは難しかった。
「君に教える必要はない。教えたとしてここで死んでしまうのだから。それは無駄な行為になってしまうだろう?」
中世的な声でそういうヴァンパイアのような奴は確実に私に近づいてきている。なのに私の体は一ミリたりとも動くことができない。
「なんで、なんで動かないの」
私は混乱して何をすればいいのかわからない。
なんでなんでなんで私の体動かないの! 私の異世界人生二日で終わりとか嫌だよ!
心の中でそんな叫びをしながらもそのコツコツという足音は近づいていた。
「君みたいなやつは成長すると化ける可能性がある。もし万が一あの方の邪魔をするようになれば面倒なことになる。だから脅威は早いうちに摘み取るのさ」
ヴァンパイアのような奴は私の目の前に立つと私の顔に顔を近づけ、耳元で囁くように言った。
「さようなら、炎のお嬢さん」
目の前に構えられた手刀からは長い爪が伸びている。
これくらったら流石に生きては帰れそうにないなぁ。あぁせめてこの世界の魚食べたかったなぁ。
「リフレクト!」
私を貫こうとした手刀は目の前に現れた壁によって防がれていた。
生き、てる? 一体何が
「カンナちゃん! よかった間に合って」
私は声のする後ろを振り向くと、そこにはガーちゃんがいた。どうやらこの壁もガーちゃんが作ってくれたようだ。
「私の攻撃を受け止めるほどの硬度を持つとは。もしかしてこいつの強さも君の力だったのかな?」
「ガーちゃん逃げて! こいつやばい!」
「遅いよ」
その声が聞こえたころにはヴァンパイアのような奴は私の前からいなかった。
「ぐ、うぅぅぅぅ」
ガーちゃんは首を掴まれ、そのまま上に持ち上げられる。地面を離れた足がバタバタとしている。
ガーちゃんを助けなきゃ。なんで、なんで動いてくれないんだよ私の体は!
「君の方が厄介そうだ。でもこの感じ攻撃魔法は使えないのかな。よし、決めた。この子は私があの方の元へ連れて行こう。少しの間。動けないようにするだけだから安心して」
ヴァンパイアのような奴は首を掴んだまま顔を首元に近づけ、ガーちゃんの首に思い切り嚙みついた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ガーちゃんの悲鳴が国中に響き渡る。
「ふぅ、結構おいしい味してるね」
ヴァンパイアのような奴、いや血を吸ったのだからヴァンパイアだろう。だけど今はそんなことどうでもよかった。
ドサッとヴァンパイアがガーちゃんを地面に落とす。ガーちゃんは動きそうにない。
「一応、君も殺しておくよ。邪魔されるのは面倒だからね」
「……さない」
「ん? 何か言ったか?」
「許さない!」
私は心の底から溢れ出る怒りが私の体を奮い立たせた。髪は炎のように逆立ち、目も燃えるようにギラギラしていた。
「何故動ける。私の束縛の術が破られたというのか」
「そんなことはどうでもいい。私はもう止まれない」
燃え出る私の魂はすべてを燃やし尽くしてしまいそうなほど熱かった。