天秤Vol:21
涼太が消えた後、ゆきめは一人、取り残された。
教室の崩壊が始まった。
天井からコンクリートの破片が抜け落ち、
机やイス、窓ガラスが飛び散り、
一瞬にして、無秩序な空間と化した。
「何よ...。」
力が抜けて、手に持っていた銃はすり抜けて落ちた。
ゆきめは、虚空を見つめる。
「私は...今まで...。」
後悔と自責の念が、彼女の頭を渦巻いていた。
「どうすれば...良かったのかな...。」
涼太が、彼女に向けた言葉が、脳によぎる。
ーーいつまで他人の顔に怯えて生きてるの?
ーーこのまま、全てを諦めて、流れれるがまま?
ーーバカなの?
「バカって何よ..。最低...。」
ゆきめは、この場にいない人物に、毒づいた。
だが、その通りだったのだから、返す言葉がない。
一人になった今、涼太の物言いが、彼女の心の中で一周した。
彼女にとって悔しい事だが、ようやく理解に至った。
「私は...。」
今まで、誰かと比べる事しかできなかった、
彼女自身が、どうすべきなのか、
他人がどう思うかでなく、自分がどう生きたか、
ゆきめは、これまで考えた事もなかった思考が、
アイディアが芽生えてきた。
そこには、ギャル女子校生だった彼女ではなく、
現実世界の古田ゆきめがいた。
彼女の中で、何かが芽を吹いた。
山川涼太の言葉という種が、彼女の心に蒔かれた。
それは、時間をかけて徐々に、育った。
やがて、夢から現実世界に芽を出し、花を咲かせる。
たった一言が、彼女の現実が、世界が変わる。
悪態はつけども、彼女の表情は明るかった。
「私は...。」
ゆきめの下した夢の決断は、現実となっていく。
彼女が呟いた後、教室が崩壊した。
爆発の影響で床も抜け落ちた。
校舎全体が、地割れと共に、崩れ落ちていく。
古田ゆきめの夢が、終わりを迎えた。
----------------------------
「ここは...?」
竜司は、スマホを取った直後、転送された。
辺りを見渡すと、公園だった。
メタセコイアの木々が広がる、
ゆきめの夢を訪れる前にいた場所に
竜司は、戻ってきた。
「終わりましたね。」
どことからともなく、聖女が現れた。
学生服ではなく、いつもと同じ、
銀色と白色が混じったワンピースを着て、
聖なる雰囲気を漂わせていた。
竜司の隣に座り、今回のミッションを統括した。
「あとは、現実のゆきめさんと接触すれば、
今回のミッションは、完了となります。」
「ゆきめさんは、自身の価値を理解していませんでした。」
「その為、他人に彼女を値踏みさせ、
相手と比較しないと、存在価値を感じられない
人生を送ってきました。」
「彼女の場合、外見のコンプレックスで、
常に劣等感を抱き、精神的に不安定でした。」
「人を外見や地位、肩書きなど、
目に見えるモノを判断軸にすると、
ゆきめさんの様に、惑わされてしまいます。」
「それが行き過ぎると、自身の存在価値がない、
人から必要とされていないと思い込んでしまいます。」
「最悪の場合、絶望して命を絶つ人もいます。」
「そういう事例が、現実では後を絶ちません。」
竜司は、数々のゆきめの言動を振り返っていた。
同時に、たまに職場で耳にする、
マウント合戦や比較の応酬を思い出した。
ーー仕事できない奴は、ゴミっしょ。
ーーいいよな、あいつは恵まれていて。
ーーゆきめさんは、綺麗でなんでもできるのに、私なんて...
ーーあなたに何がわかるのよ...。
ーー誰にも見られず、見捨てられてひとりぼっちになるのが...
ゆきめは、生きるのを諦めていた。
自らの肉体を犯されてもいいと言う程、投げやりだった。
だが、竜司は、自分の身体でさえ、他人に委ね、
価値を切り売りするゆきめの姿勢に、冷めていた。
どれだけ、美しかろうと、それとはあまりに
かけ離れた内実の低い精神レベルに、辟易した。
だが、竜司も、ゆきめの立場を、分からない訳ではなかった。
彼もまた、母親による抑圧で、
いつも劣等感を植え付けられ、思う様な
人生を歩む事ができなかった。
他人に怯え、進まなくていい日陰を歩んでいた、
かつての竜司と重なる節がある。
そういう意味では、ゆきめに対する同情の余地はあった。