天秤Vol:9
「...はい?」
聖女の言っている意味が、竜司にわからなかった。
これまで、女性経験のない彼にとって、
恋愛に関する偏差値が高いとは、どういうワケなのか?
竜司には、未知の外国語に聞こえる感覚だった。
「竜司さんは、気づいていませんが、
ナチュラルに、女性をたぶらかしています。」
「つまり、無意識に、ゆきめさんを唆していました。」
聖女は、簡単に、先のやり取りを解説した。
ーーイヤイヤ、意味がわからないのですが...。
サッパリ理解できないと、竜司は、状況を飲み込めなかった。
「簡単にいえば、竜司さんは、本来、モテる人です。」
「それが、母親のブロックで、阻害されていました。」
「しかし、今は、その呪縛から解き離れています。」
「竜司さん本来の、素質が目覚め始めたのです。」
「これは、多くの男性には、マネできない特異なモノです。」
竜司は、聖女の言っている内容を反芻した。
聖女の言葉通りならば、古田ゆきめとの会話で、
何かしら、彼女の女性としてのスイッチを、
彼は、押してしまったという事になる。
ーーいつだ...?
無意識にやってしまっていたからか、何が、
トリガーとなったのか、見当がつかなかった。
「『ゆきちゃん』と言った直後、彼女の態度が変わりましたよね?」
聖女が、手を差し伸べる形で、竜司の思考をサポートした。
「あの時か!」
竜司は、まさか、彼女の下の名前を呼んだだけで、
彼女が、しおらしい女の子になるとは思わなかった。
それは、一瞬の刻ではあったが、
ゆきめが、竜司に恋愛感情を抱いて
異性の対象とみたのだ。
ーーウソでしょ...。
竜司は、辿り着いた答えに、半ば信じられない気持ちだった。
「女性の気持ちは、繊細です、千差万別です。」
「何に喜び、怒り、悲しみ、幸せなのか、
受け取り方は、想像を超える多様性があります。」
「いかに、彼女達の気持ちを汲み取り、
ピンポイントで響かせられる人が、
現実ではモテます。」
「竜司さんは、それを無意識に、やれてしまう才があります。」
「今回の場合、ゆきめさんは、名前を呼ばれた事で、
竜司さんに、意識が向き、好意が芽生えました。」
「無自覚とも、彼女の夢の攻略を進めていた訳ですね。」
聖女の噛み砕いた説明に、竜司は納得したが、
同時に、恐さも覚えた。
極端にいえば、竜司本人が、
気づかないでいると、見ず知らずの女性達を
無意識に、好意を抱かせてしまうのだ。
たとえ、彼自身の、好意のあるなしに関わらず、
そういった女性達の念が、押し寄せてくる事になる。
女性の怖さは、母親の件もあって、竜司の身にしみている。
それが夢の中で、かつ大勢になるとどうなるのか、
悲惨な光景になるのは、火を見るよりも明らかだ。
何としてでも、この力を暴走させず、
コントロールしてモノにしようと、竜司は誓った。