天秤Vol:6
ーーハァ...行ってしまった...。
竜司は、聖女が群衆に溶け込んでいく様に、
消えていった後、顔を俯き、ため息をついた。
これまでは、彼自身の夢が舞台、
いわゆる、予行演習だった。
これからは、実際に、他人の夢に忍び込む、
ミッションが始まっていくのだ。
ヘマをすれば、命を狙われる。
しかし、ロクな準備もなく、本番が、突如、始まった。
つい先程、呑気にパジャマ姿をしていたばかりに、
開始早々、竜司は、ゲームオーバーになりかけた。
先は不透明であるが、ひとまずは、
この高校にいる、今回のターゲット、
古田ゆきめと接触しなければならない。
竜司が、気分が重いまま、顔を上げた時、
「そういえば、お伝えし忘れた事があります。」
唐突に、聖女が、彼の顔、10cm手前に現れた。
「ウォ!?」
瞬間移動でもしたかの様に、舞い戻ってきた聖女に、
竜司は、度肝を抜かれて、思わず、身体がのけ反った。
「竜司さんは、転校生として、
ゆきめさんのクラスに転入してくる設定を、
あらかじめ、設計しておきました。」
「まずは、職員室に向かってください。」
竜司の驚く様子に、聖女は目もくれず、
必要事項だけを伝えて、校門へと向かった。
「早くしないと、遅刻しますよ。」
ーーったく、次から次へと...!
一息つく暇もないまま、竜司は、
心の中で、悪態をつきながら、急ぎ足で、
校門へと向かった。
「今日は、授業の前に、皆にお知らせがあります。」
あれからトラブルなく、竜司は、高校に入り込めた。
そして、職員室に向かって、転校してきた旨を伝え、
担当の教師に連れられて、今、教室のドアの前にいる。
ーーふぅ...なんとか入り込めた...。
とりあえずは、門前払いされずに、
高校に潜入する事ができて、竜司は、一安心した。
「今日から、このクラスに新しい転校生が入ってきます。」
ーーザワ...ザワ...。
クラスにいる生徒達が、転校生のニュースに、
騒ついている様子が、ドア越しから、彼に伝わってきた。
「では、どうぞ。」
いよいよ、これから本格的にミッションが始まる。
ーーよし...。
大きく深呼吸をして、竜司は、教室のドアを開けた。
教壇に向かいながら、教室を眺めてみた。
好奇的な視線が、彼に集まっているのを感じた。
おおむね、好意的な反応だった。
見た目は、アイドルの美少年に変装したのだ。
女子生徒から、黄色い声が出たのは、無理もない。
ーーひとまずは、大じょ...って!
安心したのも束の間、竜司は、目を見開き、仰天した。
教室の一番後ろ、窓側の席に座る人物に、見覚えがあったからだ。
ーーなんで...ここにいるんだよ!
片手で、頬をついて外の景色を眺める、聖女がいた。
冷や汗が、流れ出した竜司であった。




