天秤Vol:5
ーーはぁぁ...やっぱりかぁ...。
竜司の予感には、心当たりがあった。
この1週間、最も、彼と時間を、
共に過ごした女性が、古田ゆきめだった。
会社では、期待された若きホープ、
花形のエースで、バリバリのキャリアウーマン、
芸能界からのスカウト経験もあり、
見た目も美しく、華もある、マドンナ的な存在感、
まさに、パーフェクトウーマンだ。
竜司の同僚の男共は、社内で彼女を
一目見かけるだけで、首ったけになる。
中には、ゆきめが、通った後の廊下を歩いて、
彼女のつける香水の残り香を楽しむ、猛者もいる。
しかも、同性からの信頼も厚い、カリスマ性がある。
彼女よりも、ひと回りもふた回りも歳上の
幹部クラスも、注目している程だ。
相当、影響力の高い人物だと、容易に、想像できた。
聖女から、次なるミッションを言い渡された時、
竜司は、真っ先に、彼女の事が頭に浮かんだ。
不思議と、彼の心に、動揺はなかった。
だが、彼のイヤな予感が的中し、
その内容に納得はすれど、決して、
良いモノではない。
母親との対峙の記憶が、彼の脳裏に焼き付いているからだ。
その大変さを、身をもって、十分に知っている。
竜司は、再び、己に降りかかる重荷に、
長いため息をついたのは、無理もなかった。
「それで、ミッションは、いつやるのですか?」
逃げられない事は、十二分に理解していた竜司、
気分は乗らないが、割り切って、
サイコな聖女さんに、ミッションを
遂行する時期を訪ねた。
「もちろん、今からです。」
ーーパチンッ!
間髪入れずに、聖女は、右手で音を鳴らす。
ーーあぁもうですか、はいはい...。
竜司は、聖女に対する
耐性を身につき始めていたので、
この急展開にも、慣れた。
そうボヤく内に、周りの景色は、すでに変わっていた。
「ここは...」
竜司にとって、見た事のない景色が目に映った。
「古田ゆきめさんの夢です。」
なぜか、制服を着ていた聖女は、
古田ゆきめの夢に入った事を伝えた。
目の前にあるのは、高校だった。
おそらく、彼女の母校なのだろう。
「ここに、ゆきめさんの隠す情報が眠っています。」
「まずは、高校生に変装して侵入し、
彼女の情報を抜き取ってください。」
潜入早々、聖女は、竜司に、高校生に化け、
ゆきめの秘匿情報を盗む、指令を伝えた。
「すでに、ミッションは始まっています。」
「高校生として振る舞わないと、
彼女の潜在意識が、竜司さんの存在を察知して、
攻撃してきますよ。」
サラッと、恐ろしい内容を告げる聖女であった。
現在、二人は、校門前にいる。
しかも、生徒達が登校している所だ。
今の竜司は、寝巻き姿である。
「あなたの夢に侵入してきました!」
そう言わんばかりの悪目立ちだった。
竜司は、大勢の生徒からの視線を感じた。
明らかに、敵意のあるモノだった。
この鋭さは、すでに体験済みで、
このままでは、命が危ないと、
竜司の生存本能が、警鐘していた。
急ぎ、高校生に変装した。
古田ゆきめの母校の制服、そして、
竜司の記憶の中で、高校時代、
クラスで一番のイケメンの顔に仕立てた。
いわゆる、アイドルグループにいる美少年の顔だ。
すると、敵意のある視線は消失した。
生徒達の顔も、元通りになり、生気が戻っていた。
「準備ができましたね。」
「ひとまず、ゆきめさんと接触してください。」
「詳細の流れは、またお伝えします。」
制服姿のサイコマリアさんは、竜司に、
そう伝えた後、生徒達に紛れ込み、姿を消した。