天秤Vol:1
ーーハッ!?
竜司は、一瞬、呼吸を忘れ、息を呑んだ。
ベッドで横になって眠ったはずなのに、
メタセコイアの落葉樹が並ぶ公園にいた。
しかも、気づいたら、ベンチに座っている。
どこか既視感を覚える、この感覚...。
「お久しぶりですね、竜司さん。」
ハッとしたのも束の間、懐かしい響きの声が聞こえてきた。
そして、竜司は、瞬時に、理解した。
ーーまた...来ちゃったよ...。
振り返るまでもなく、因縁のサイコなマリアさんだった。
再び、夢の世界へと舞い戻ってきた。
「現実の世界はどうでしたか?」
聖女は、現実の変化を、彼に問うた。
「...。」
竜司は、どこから話を始めたらいいのか分からず、
1週間の出来事を、頭の中で、おさらいしようとした。
「古田ゆきめさんの事ですね。」
ーー知ってたのかい!
端的に、しかも、これ以上にない位、
スパッと一言で、まとめてくれた。
思わず、ツッコミを入れる竜司であったが、
これが、二人のやり取りのデフォルトである。
いつもの流れに、懐かしさを覚える竜司であった。
「そうですよ。」
「今まで、女性と会話さえままらなかったのに、
それがいきなり、とびっきりの美人と、ランチです。」
遅刻ギリギリで、全身、汗にまみれながら
会社に駆け込んだ所に、突然、S級ランクの
美女が話しかけてきたのだ。
それがキッカケで、彼は、昼食を共にする様になった。
しかも、それなりのコミュニケーションも取れた。
普段ならば、挨拶さえままらならない、竜司がだ。
とある日は、一言も発する事さえなかった時もある。
それが、同僚とも、挨拶を交わし、
一言、二言の会話をする様になった。
プレッシャーを感じずに、対人関係に臨めたのだ。
その相手が、聖女に匹敵する美貌の持ち主である、
古田ゆきめに対しても、同じであった。
最初、彼女の存在感に、気圧される感覚はあった。
しかし、それも、次第に薄れていき、
やがて、臆せず、彼女と話せる様になってきた。
「会話の際、勝手に自分の口から言葉が出てくるんです。」
「とても、不思議な感覚でした。」
今までの彼のいる世界ならば、あり得ないはずだった。
だが、夢から醒めた事で、竜司の見る世界が変わった。
まるで、これまで彼の住んでいた世界が夢かの様に、
彼の現実は、目を開くと、アップデートされていたのだ。
「それは、なぜだか、わかりますか?」
聖女は、竜司の身に起きた、事の理由を問うた。
今回ばかりは、竜司にも、心当たりがあった。
「母親...ですか?」
彼にとって、それしか、答えが思い当たらない。
脳髄まで、奥深く、強烈に残る程に、
母親との対峙が、彼の現実を変える事になったのだ。




