悪魔の子Vol:14
ドアの先は、何ら変哲もなかった。
竜司が、現実に、訪れた病室が再現され、
全く同じ空間である。
オニが出るか、ヘビが出るか、
どんな事態起きてもいい様に、身構えていたが、
異変は、何ひとつとして起きてない。
ただ、現実世界と同じ光景が、
カセットテープの様に繰り返される。
ベッドの上には、佐々木マナがいる。
姿も同じく、目や口は、常に薄く開いており、
呼吸器が着けられた、安静状態である。
「マナ、来たよ。」
「今日は、お父さんのお知り合いも、
一緒に、お見舞いにやってきたよ。」
父親の問いかけ。
しかし、マナの瞳は、憎悪である。
「だぁ...。」
睨みつける視線は、十分に、怒りを伝えている。
「やっぱり、ダメか...。」
忠則は、実の娘の反応に、寂しげな表情を浮かべる。
「すまない、情けない姿を見せてしまって。」
「私が、部屋に入ると、娘はずっと...」
ーーゾゾゾゾゾゾゾゾゾ!!!
竜司の耳に、忠則の言葉が、最後まで届かなかった。
異変は、突然、起きた。
病魔と戦う少女から、視線を外した直後、
ヒリつく圧力、全身を押し潰す様な圧迫感、
本能的に、視線をマナに移した時には、
すでに、辺りの景色、いや、夢そのものが
変わり果てていた。
そこは、まるで、廃病院。
ボロボロに、朽ちかけているベッドや棚、
カーテンなどが、かろうじて、物としての
形が維持されている。
ほとんどの光が消え、赤黒く染まった空間、
ーーゴクリ...。
無意識に、竜司は、唾を飲み込んだ。
サファイアブルーの瞳に変化した
竜司の眼は、映し出していた。
それは、影。
佐々木マナのいたベッドを中心に、
妖狐の尾の様に何重にも分かれ、
ウネウネと、生き物の様に蠢いている。
今度は、前回の場合の様には、いかない。
竜司は、動かない。
いや、動けないという表現が、この場合、正しい。
現実の時と同様ならば、1歩でも動けば、
こちらを察知して襲ってくるはずだ。
迂闊な行動が取れない中、
竜司は、打開策を講じようとする時、
「マナ!」
ベッドの側で、叫んでいる声が聞こえた。
ーー部長!?
佐々木忠則が、先程といた同じ場所で、
もういないはずの娘、影に向かって、
声を荒げて、呼びかけている。
「マナ!君はやってはいけない事をした!」
「父さんだけならいい!」
「だけど、母さんや兄弟達を傷つけた!」
先の姿とは、まるで、別人である。
忠則の表情は、とても怒りに満ちており、
それは、家族を守る、父性が現れている。
「出ていきなさい!」
「さもないと父さんは...グッ!」
口封じなのか、イラだったのか、
みなまで言わせずに、一本の影が、
忠則の身体を貫いた。
そして、そのまま、沼の様に引きづり込んだ。
「部長!」
忠則の言葉の真意を考える前に、
竜司は、思わず、声を発した。
その瞬間、影は、竜司の存在に反応した。
一本、また一本と、意志を持って、
竜司へと、矛先を向けていた。
バレてしまった以上は、仕方ない。
近くにあった丸イスで、牽制した。
しかし、それも焼け石に水で、
影は、簡単に、振り払ってしまった。
一瞬のスキだとしても、竜司は活路を
見出そうと、部屋の出口へ駆け出す。
ーーザスッ!
だが、一本の影が、竜司を足を刺す。
ダッシュの勢いで、激しく転倒し、
全身に、痛みが襲っていく。
「グッ!」
そのまま影は、竜司をひきづっていく。
忠則と同様に、呑み込む気である。
ーークッソ...!
策も、抵抗する力もない。
悔やみながら、竜司は、闇に呑まれる。
ブラックアウトした視界で、
竜司の意識は、そこで途絶えた。
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「...ハァ!」
竜司は、息を吹き返した様に、目を覚ました。
「ここは...?」
どうやら、あのまま影によって、
命を奪われた訳ではないらしい。
元の現実に戻ってもいないので、
まだ、夢の世界にいる事は、確かだ。
ーージャリ...。
また、両手・両足は、鎖で縛れられている。
辺りは、ほぼ暗闇だが、ひとつだけある
窓から差し込む、月の光で、視認できる。
そして、目の前には、5m位の長さの
鉄格子の壁、レンガブロックで囲まれた空間、
「牢獄か...。」
囚われの身となった事を、竜司は、理解した。