悪魔の子Vol:13
二人が、バスを降りると、目の前は病院だった。
「ここか...。」
プロ野球の試合で使用される
ドーム何十個分あるかのかという
広大な敷地、
建物自体は、5〜6階程の高さだが、
どこまでも、横に広がっているのは、
アメリカナイズされた病院である。
看護師に押された車いすの男性、
リハビリをしているであろう
パジャマ着の子供や女性、
スーツ姿ではあるので、佐々木一家の
潜在意識の投影には、バレてはいない。
「さてさて...。」
あいも変わらず、キャンディを舐めながら、
リュウジは、様子を伺う様に、観察する。
「うん、ダイグッジョブ♪」
「大丈夫とグッジョブを混ぜて、略すな。」
事前に、乗車中に、エメラルドグリーン色の
USBメモリを頭に差し込み、情報は、
インプット済みだから、何やら察した様だ。
「とりあえず、中に入るか。」
数分かけて、歩いた後、病院の正面の
自動ドアを通過し、難なく、入った。
フロアは広大で、近代的なデザインで、
吹き抜けのガラスからは、陽の光が差し込む。
ーー現実であるならば...。
竜司が入院していたのは、4階。
そして、佐々木忠則と、遭遇し、
お見舞いしたのは、3階である。
エレベーターへ、乗り込もうとする時であった。
フロアの自販機コーナーのベンチで、
二人の男の子が、座って遊んでいた。
顔は確認できなかったが、どこか面影がある。
ーーまさか...な。
胸のざわつきを感じる竜司だが、
もう一人の人物が、ドアが閉まる直前に、
急ぎ足で、乗り込んできた。
「すみません。」
焦りの表情を浮かべながら、入ってきたのは、
佐々木忠則である。
ターゲットの一人とコンタクトした事で、
二人の男児への気が逸れてしまった。
「あっ、佐々木部長。」
リュウジは、身を潜める様に、静かになる。
「おや、春田くんじゃないか。」
「退院したのではないかね?」
「えぇ、折れた骨の経過を診てもらう為に、
今日は、定期的な診察とリハビリに来ました。」
「隣にいるのは、従兄でして、
歳も近いので、マナちゃんと仲良くできるかと
思いまして、連れてきました。」
「初めまして、よろしくお願いします。」
リュウジも、合わせて、お辞儀する。
無論、ウソである。
正体がバレたら、即、佐々木家の夢から排除される。
現実と同じ、いつも通りの演技で、
彼らの夢の世界に溶け込んでいく。
あくまで、竜司達は、ウイルスで、異分子である。
「あとは、時間がありましたので、
僭越ながら、部長の娘さんにお土産を...」
さもあらんと、片手に持つ、紙袋を見せる。
「そうか、それは悪かったね。」
「いえいえ、部長の方は大丈夫ですか?」
「最近、職場でも元気なかったですし、
石田さんも心配していましたよ。」
うまく会話の意識を、忠則に向ける事に
成功した竜司は、聞き手に徹する。
ーーククク...。
リュウジは、演じている竜司の姿が
可笑しいのか、笑いを堪えている。
ーーダンッ!
ーーイタッ!
クスクスと笑っている小僧の足を
竜司は、片足を挙げて、踏みつけた。
痛がるそぶりを横目に、意趣返しとばかりに、
スッキリした気分である。
「あぁ、あかりの事を知っていたのか。」
「彼女にも、度々、同期のよしみで、
気にかけてくれてね...。」
「ほんと、人に恵まれてよかったよ。」
「部長や奥様のこれまでの積み重ねや
御仁徳があるからこそですね。」
そう合いの手を入れる竜司だが、
現実と同様、夢の世界の忠則も、
カラ元気で、視線もどこか空虚だ。
そうこうする内に、エレベーターは3Fに到着した。
突き当たりの曲がった先の角部屋、
そこに、彼女がいる。
今の所、異常は見当たらない。
エージェントも現れないし、突然、
夢の世界が切り替わる兆候もない。
だからこその、不気味さがある。
フロア自体も、しんと静まっている。
革靴の音が、院内に響き渡る様に、
物音ひとつもない空間である。
何ら問題ないまま、3308号室に着いた。
「少し準備があるから、5分ほどしたら、
入ってきても、大丈夫だ。」
そう言い残して、忠則は、先に、病室へ入った。
「あぁ...これは...。」
リュウジは、改めて、確信した様で、
一瞬、目つきを鋭くした後、竜司に伝える。
「相当、ヤバイかも...。」
「ARE」
「シリアスな場面で、阪神の優勝を祝ってる場合か。」
まだ、軽口を叩ける辺り、余裕はありそうだ。
「けど、気をつけてよ〜。」
「オレは、何かあった時の為に、
ここで待機しているから。」
リュウジは、もしもの時に備えて、
片手をフリフリさせながら、
竜司を見送るジェスチャーをする。
「はいはい、分かりましたよ。」
損な役回りをさせられる気がしたので、
半ば諦めの境地で、竜司は一人で、行く。
約束の5分が経った。
ーーガラァ。
夢の根源へと、竜司は向かう。