悪魔の子Vol:8
数日の入院生活を送った後、
竜司は、晴れて、退院した。
トイレ以外で、病室から出ず、
佐々木一家と、会う事はなかった。
それから、1週間の休養を経て、会社へ復帰した。
同僚や先輩、後輩から皆、心配されたが、
竜司の姿を見て、一様に、安心していた。
ーー居づらいのですけど...。
あまり、人から集まる関心に慣れない
竜司は、早く、事故の話が忘れられるのを、
切に、願うのであった。
「元気に、戻ってきてよかったよ。」
事情を唯一、知っている忠則は、
竜司の退院を祝った。
「ご迷惑をおかけしました。」
「これから遅れた分は、取り戻しますので...。」
腰を低く、竜司は、忠則に挨拶をするが、
この直属の上司の対応は、アッサリだった。
「迷惑でもなんでもない。」
「まだ治療中なのだから、無理はしない様に。」
「何か異常が起きたら、すぐに、知らせなさい。」
竜司からしてみれば、過度に心配されたり、
励みの言葉をもらって、関わってくるよりも
サラッと流してくれるのが、有り難かった。
「ありがとうございます。」
一礼した後、竜司は、持ち場に戻った。
それからは、以前と同じく、時間は過ぎ去っていく。
ランチタイムや夕刻の退社時間の際、
あちらこちらから、竜司の姿を見たり、
事故の事で、声をかけてくる人がいた。
ーー退院祝いね!
忠則と同期である、石田ゆりかが、
話を聞きつけたのか、竜司に、プレゼントを
デスクに、置き手紙と一緒に置いていた。
ーーお返しは、いらないから、
これ食べて、元気になりなさいね!
それだけの用事の為に、彼女は、
わざわざ、動いてくれたのだろう。
高級なチョコレートやクッキーが、
詰められたお菓子セットだ。
ーーありがたくいただきます。
幸い、帰社する際、早くも彼女と再会した
竜司は、お礼の挨拶をした。
「良いのよ。」
「忠則くんも、結構、大変みたいだしね。」
どうやら、ゆりかも、事情を知っているらしい。
「ゆりかさんも、知っているのですか?」
竜司は、鎌をかける様に、聞いてみた。
「あら、竜司くんも、娘ちゃんの事を?」
どうやら、忠則の秘密を知っている人が
ここにもいる様だ。
「はい、たまたま同じ病院で、
部長と会いまして、その流れで
マナちゃんのお見舞いをしました。」
「そうだったの。」
「私も、同期のよしみで、時間ができた時に、
お見舞いに行くけど、調子が、良くないの。」
「それで、彼も、最近、元気がなくてね。」
竜司は、時折、忠則の様子を観察していた。
仕事ぶりは、相変わらずだが、
どこか、心ここにあらずの状態だった。
目の下には、クマができており、
顔色も、生気が失われつつある。
「家族も、無理が祟らなければいいのだけど。」
ゆりかは、心配そうな目つきで、案じていた。
ーーこれは、ますます...。
事態が、悪い方向へと向かっているのは、確かだ。
だが、現実でやれる事は、もうない。
ーー確かめないとな。
夢の世界では、何が起きているのか、
その目に映るモノを見なければならない。
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「やっときた...。」
満月の夜。
すなわち、夢の世界へ入る時だ。
ヤキモキしていた竜司にとって、
2週間は、想像以上に、長く感じた。
あれから、何も現実では、変化が起きていない。
ただ、寝て、起きて、食って、働いて、寝て...
単調的な生活リズムの繰り返しは、
竜司の、はやる気持ちとはうらはらに、
ゆっくりと、流れていた。
これほど、焦ったいのは、忠則の調子が、
日に日に、おかしくなっているからだ。
仕事のミスが起き始め、言葉も、
弱々しく、コミュニーケーションや
報連相が、滞り始めていた。
その影響で、竜司の職場内は、
ギスギスし、ストレスフルな雰囲気に
覆われつつあるのだ。
当事者にしては、たまったものじゃない。
その原因を知っているのは、竜司だが、
現実世界では、これ以上、手が施せなかった。
首を長くして待ち、ようやくやってきた、満月。
時刻は、20時を過ぎた所、
いつもより早く、竜司は、床に着いていた。
興奮はしておらず、至って、冷静な心境だ。
「フゥ...。」
息を整え、この2週間での出来事が、
一コマずつ、脳内で、テレビ画面の様に
映し出されている。
事故、入院生活、影...etc
その答えは、夢で明かされる。
10分と経たず、竜司の意識は、
現実世界から遠のき、やがて、消失した。