悪魔の子Vol:6
竜司が頭を深く下げると、その忠則の妻も、
お辞儀をして、挨拶を返した。
「佐々木の妻の、典子です。」
「お怪我されているのに、わざわざ、
娘の為に、ありがとうございます。」
「マナも喜んでくれていると思います。」
そう返事をして、典子は、歓迎の意を伝えた。
すると、先程まで、敵対心を出していた
マナの顔付きが、穏やかに変わっていた。
安心している様子で、母親のみに、視線が注がれている。
「おかぁさーん。」
典子の背後からは、幼い声が聞こえ、
扉の前に、颯爽と現れた。
「長男と次男です。」
「長女と次女は、学校の部活があるので、
あとで、一緒に来る事になっています。」
典子は、腰を下げて、150cmにも満たない、
小さな少年達の背丈に合わせて、紹介してくれた。
「ほら、お父さんのお知り合いよ。挨拶してね。」
「こんにちは!」
「こんにちは...。」
片や、ハキハキしながら前に出ており、
片や、オドオドと、母に掴まっている。
真反対の性格が伺える兄弟が、
90度以上も頭を下げながら、
竜司に向かって、挨拶をした。
「はい、こんにちは。」
竜司は、賑やかになった空間に、安堵した。
ーー異常はないな...。
二人の兄弟に、特に、瞳は、反応しなかった。
ーー気のせいか...?
そう思いたい所であったが、
あの強烈なプレッシャーの残穢が、
ヒシヒシと、竜司の体に残っている。
「何か、お手伝いできる事はありますか?」
「せっかくのご家族の大切な時間を、
割いてもらっているのに、何もしない訳には
いきませんから。」
先程の影の正体のヒントを掴む為に、
竜司は、忠則に、手伝いを申し出た。
「それはありがたい言葉だけど、
典子、何かあるかい?」
おそらく、先のマナの反応を見る限り、
忠則ができる範囲は限られており、
ほとんど、典子が世話をしているのだろう。
「そうね、マナの着替えをする所だったから
この子達の相手をしてくれると助かるかしら。」
しばし、典子が、思案した後、
二人の兄弟の面倒見を頼まれた。
「承りました。」
「微力ながら、お手伝いさせて頂きます。」
竜司は、小学生2人の男児を世話する事になった。
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ーーピッ!
ーーガコンッ!
「はい、これ。」
「ありがとう、オニィちゃん!」
「ありがとう...。」
竜司は、ひとまず、二人の男兄弟を
1階フロアのベンチ前にある自販機の
コーナーまで連れていった。
二人に、ジュースを買ってあげて、
少しでも、緊張をほぐそうとする事にした。
ーー30分をメドに、戻ってきてくれたらいいかな。
病室を出る前、典子に、お守りの時間を伝えられた。
30分ならば、できる事は限られる。
また、怪我をしている身であるので、
遊び相手となるのも、厳しい。
ーー病院内で、落ち着ける場所にするか...。
そう判断した竜司は、何か起きても、
すぐに、佐々木夫妻に報告できる様に、
1Fのベンチで、時間を潰す事にした。
「どういたしまして。」
ついでに、自分の分の飲み物の水を買って、
3人並んで、ベンチに座る流れとなった。
子供の混じりっ気のない素直な感情で、
お礼を言われると、とても、心地よかった。
ーーまぁ、アイツのせいだな...。
竜司には、兄弟はいない。
しかし、もう一人のリュウジという
暴れん坊に手を焼いた経験値を手にした事で
多少、子供との接し方には慣れたつもりである。
わんぱく小僧に、振り回された思い出に、
竜司は、苦笑いを浮かべるのであった。
「美味しいかい?」
「オイシイ!」
ーーコクリ。
二つの好意的な反応を見て、少し、安心した。
「よかった、よかった。」
「他に、お菓子とか欲しいものがあったら、言ってね。」
「今日は、特別デーだよ。」
竜司は、ウインクせんばかりのアイドルばり
振る舞いの明るさで、声をかけていく。
ーー我ながら、ガラにもない事をしている...。
自分でツッコミながら、接するのであった。
「じゃあね、オレンジサンダー!」
「ゴリゴリちゃん...。」
「オッケー!じゃあ、コンビニで買ってあげるね。」
3人の会話が温まってきた所で、
竜司は、二人に、話を聞いてみる事にした。
「そういえばだけどそ、二人にとって、
マナちゃんって、どんな妹かな?」
ストレート一本の、直球勝負の質問、
大人ならば、本音を隠し、建前を言う所、
だが、子供が返してきた答え、
「怖い...。」
あれ程、明るかった表情が、一気に暗くなる。