悪魔の子Vol:5
数分後、竜司は、病室の扉のに着いた。
「そういえば、まだ名前を教えていなかったね。」
「娘の名前は、マナだよ。」
「今日は、他の兄弟もいるけど、
会ってからまた、改めて、紹介するね。」
そう言いながら、忠則は、
横スライド式のドアを開けた。
ーーここに...。
緊張の面持ちで、竜司は、開かれた扉の部屋を見る。
どうやら、竜司と違い、個室だった。
ポツンと一つだけ、入院ベッドが設置されており、
日光が当たりやすく、電灯が点いていなくても、
十分な明るさであった。
心電図を計るモニター、点滴を入れる為の
チューブ、酸素マスク...etc
患者の身に、何か異変が起きない様に、
厳重に管理されている印象だ。
そのベッドの上に、件の女の子がいた。
目はうっすらと常時、開かれており、
口も空いていたので、涎が垂れない様に、
首元には、よだれ掛けが巻かれている。
そして、病の影響であろう、側頭部周辺が
盛り上がっており、これが、脳に負荷をかけて
身体に支障をきたしているのが、伺えた。
キャラクターモノのパジャマ姿で、
ちょうど、タブレットで、動画を
観ている所であった。
病の影響で、痩せ細っている姿を見て、
竜司の心は、沈痛の思いであった。
ーーこの子が...。
今もなお、病魔と向き合っている少女、
その時だった。
ーーゾゾゾゾゾゾゾゾゾ!!!
突然、竜司の全身に、警報が発せられた様に、
緊張が走り、肌が震えるプレッシャーを感じた。
ーーな...!?なんだ...この感覚は...!?
一歩、そのまた一歩、病室の中へと
進める度に、竜司に伝わる圧の振動が強くなり、
身体が硬直しそうになる。
重力が何倍もかかったかの様に、足取りが重い。
すると、竜司の瞳が、変化した。
サファイアブルーの眼が映し出したモノ、
ーーこれは...!?
一言で表現するならば、それは、影だった。
ベッドを中心から、ウネウネと脈動しており、
何本もの尾に分かれ、生き物の様に蠢いていた。
空間全体が、赤黒く染まっている。
その中心に近づく程、これ以上、踏み込んでは
いけないと、竜司の心が警告していたのだ。
本能的な危機を、竜司は感じ取ったのか、
思わず、1歩後退した。
ーーいない...!?
竜司の瞳には、佐々木マナの姿が確認できない。
ただ、影だけが、覆い尽くさんばかりであった。
影は、竜司の存在に反応したのか、
一本、また一本と、意志を持って、
竜司に矛先を向けていた。
ーーヤバイ...!
狙われている事を察した竜司は、
冷や汗を流しながら、踵を返そうと
した時だった。
「春田くん?」
忠則が、竜司に話しかけてきた。
ハッとした竜司だが、景色は元に戻っており、
瞳の色も、戻っていた。
「あっ...はい、この子がマナちゃんですね?」
我に返った竜司は、先程の光景が
脳裏に焼きついたまま、なんとか意識を
会話に向けようとする。
「そうだよ。」
「マナ?今日は、お父さんのお知り合いが、
お見舞いにやってきたよ。」
忠則が、ベッドで寝ている娘に声をかけた。
すると、マナは、父親の言葉に呼応したが、
その目線は、敵意に満ちていた。
顔を歪ませて、怒りの表情で、怒った。
「だぁ...。」
その一言だけだったが、彼女の雰囲気や
表情から見て、忠則を受けていない事が
ハッキリと、見て取れた。
忠則は、娘の反応がわかっていたのか、
納得はすれど、どこか顔は、暗く、
寂しげであった。
「私が、部屋に入ると、怒る様になってね。」
「妻といる方が、安心しているし、
だから、あまり踏み込まない様にしているんだ。」
こう語る忠則の姿は、憂鬱で、
己の無力さに、打ちひしがれている。
ーーガラガラ。
忠則が、見守る様に、距離を置いていると、
竜司の後ろから、ドアが開く音が聞こえてきた。
「あら、あなた来ていたのね?」
「そちらの方は...?」
女性の声が聞こえてきた。
竜司が振り返ると、セミロングの
黒色の髪、細身で、黒色のスカートと
ベージュのニット、
丸みを帯びた目や眉毛は、どこか
貴婦人の貫禄をも感じさせる。
「初めまして、佐々木部長の
部下の春田竜司と申します。」
「ただ今、事故で入院していまして、
偶然、部長とお会いしたご縁で、
娘さんのお見舞いに参りました。」
忠則の妻だと、察した竜司は、丁重に挨拶をした。