悪魔の子Vol:4
「始まりは、突然だったんだ。」
「一番下の娘がね、頭痛を伝えきたんだ。」
ーー頭が痛い...。
ある日突然、その子は、頭の痛みを訴えた。
かかりつけの病院に診てもらったが、
特に、異常は見られなかったそうだ。
頭痛薬を処方され、一家は様子を見る事になる。
だが、頭の痛みは、収まらなかった。
「痛い!痛い!痛い!」
そう叫んで騒ぎ出し、学校の授業中に
暴れてしまう時もあったそうだ。
しかし、病院の診察を受けて、
薬の処方をされる度に、頭痛が治まる。
そして、時間が経つと、また再発。
この繰り返しであった。
佐々木夫婦は、問題の解決の糸口を探るが、
ストレスがかかり過ぎた結果だと、判断せざるを
得なかったそうだ。
安心できない家庭環境、いつ、我が身に、
暴力が振られるのか、その恐怖や不安、
プレッシャーに晒されていた、
そういう状況を鑑みると、無理はない。
そして、夫妻はまた、別の原因も考えていたのだ。
姉の存在。
当時、末っ子の娘と姉の仲は、険悪だった。
長女は、精神科での治療を受けてもなお、
感情が不安定で、暴言を吐く事が多々あった。
一番下の娘は、仲良くしたかったみたいだけど、
あまりに状況がひどく、忠則の妻は、実家に
住んでもらって、別居を考えていた。
しかし、忠則は、躊躇して、できなかった。
数ヶ月経ち、ありとあらゆる病院へ
診断してもらっても、異常が見られない。
脳や神経のクリニックや病院でも、
CT検査を受けても、何も、病気の
サインらしきモノが見られなかった。
そして、薬を飲んでいた事も、
頭痛のひどい痛みは緩和されつつあり、
日常生活に、支障もなくなったのだ。
家族旅行にも出かけても、終始笑顔。
とても楽しそうな表情で、落ち着いていたのだ。
「あぁ、やっぱりストレスが大きな原因
だったんだなって、その時思ったよ。
安心したと、忠則は、呟いた。
「私としても、異常がないのに、娘を
病院に連れ回すのは、心が痛かった。」
「だから、どこか身体に悪い場所がなければ、
これ以上は、何もする必要はないと、思ったんだ。」
だが、長期の休みが明けた、ある秋の日、
「突然、嘔吐して、倒れたんだ。」
救急車で運ばれる事態になり、運ばれた先は、
まだ、診断された事のない病院だった。
そこで、ようやく、原因が発覚したのだ。
「小児がんです。」
「脳に腫瘍ができています。」
医師が、忠則に告げたのは、残酷な現実だった。
「医者から言われた時は、理解できなかった。」
「クラスの劇や運動会、遠足が待っていて、
ものすごく、元気で、楽しみにしていた、
あの子がだよ?」
「まだ小学校に入ったばかりなのに...。」
すぐに、入院、手術を受ける事になった。
「これ以上、私達ができる事はありません。」
手術を終えた医師は、手の施し様がない事実を伝えた。
すでに、ガンは進行していて、ステージ5の末期、
1週間近く、目を覚まさない娘を見て、
忠則は、絶望のどん底に落とされそうな
心境で、祈っていた。
「あまりに、無力な自分を恨んだよ。」
「妻が、ずっと、つきっきりで、
看病してくれていたのに、私ときたら...」
「神様が私に、罰を下したのかもしれないね。」
そう自虐めいた言葉で、忠則は、天井を見上げる。
「今は、こうして、会社の休みや仕事終わりに、
なるべく娘と一緒にいる様にしているんだ。」
「これが私にできる、精一杯だよ。」
「それじゃぁ、今でも、娘さんは...?」
暗い雰囲気の中、竜司は、忠則に現状を尋ねる。
「あぁ、入院中で、今は、状態は安定している。」
「意識がハッキリしている時とそうでない時が
あるけど、おおかた、元気でいるよ。」
「娘が頑張っているんだ。」
「私も、落ち込んでばかりはいられない。」
忠則は、空元気であるものの、
なんとか、己を奮い立たせようと、
自身を励まそうとする。
「せっかくだから、娘と会わないかい?」
「えっ...いいんですか?」
忠則の突如の提案に、竜司は、尻込みした。
他人が立ち入ってはいけない所まで、
踏み込んでしまった心境で、しかも、
大事な子供にまで会わせようとしてくれる、
さすがに、これ以上のラインを越えては
いけない気がして、竜司は、尋ねた。
そのニュアンスは、断る前提である。
「あぁ、心配しなくてもいいよ。」
「娘は、人懐っこくて、話すの好きなんだ。」
「むしろ、来てくれる方が嬉しいよ。」
「定期診察も終わっているし、
今ならば時間が空いているから
大丈夫だよ。」
ーー断るわけにはいかないよなぁ...。
「わかりました。では、恐縮ですが...」
そこまで言うならばと、竜司は、
恐る恐る、丁重に、受けた。
「そこまで畏まらなくてもいいよ。」
「この近くに、娘がいるよ。」
そう言いながら、忠則は、歩き出した。
竜司は、彼の背中を追い、お見舞いをする事になった。