悪魔の子Vol:3
「言い訳にしか聞こえないが、
蛙の子はカエル、多少のゲンコツや愛のムチは、
当たり前だと思っていたんだ。」
「タチの悪い、雷オヤジだよ。」
「その結果、どうなったと思う?」
ーー俺に、そんな重い話を振ってくるなよ...。
佐々木の自白に、竜司は、迷惑そうだった。
ただでさえ、繊細で、根が深い問題なのだ。
これを赤の他人が、そう安易に、
答えるモノではない事は、人間関係に疎い、
童貞男子でも、わかっていた。
だが、こちらの都合で、仕事に穴を空けた
フォローや、日頃から、厳しいなりにも、
お世話になってきた恩もある。
また、似た体験をしてきた事もあり、
忠則の心境に、察するモノがあった。
「お子さん達が、大変になったのですか?」
狼狽えつつも、どこまで踏み込んでいいのか、
そのラインを見極めながら、竜司は、慎重に、
言葉を選びながら、尋ねた。
しかし、それは、杞憂に終わった。
「そうだね。」
「5人全員、カウセリングを受けた。」
「私も例外なく、精神科を受診したよ。」
忠則は、隠し事せず、ありのまま
起きた事を、あっさりと話した。
「妻から、暴力や暴言を止める様に
言われたけど、自分では、どうもできなくてね。」
「結局、子供達が、問題行動を起こす様になったんだ。」
ーーウソ...。
竜司は、あまりにも衝撃的で、目を見開いた。
決して、事情はどうであれ、
子供を傷つけていい理由はない。
この時点で、罪深い事をしているのは
自明だが、自らの罪を認めなかった竜司の
父親に比べたら、まだマシな部類だ。
どんぐりの背比べ的だが、それでもだ。
「学校では、友達思いで優しかったのに、
突然、攻撃的になって、イジメをした。」
「家でも、癇癪を起こして、物に当たったり、
兄弟間で喧嘩をする様になっちゃったんだ。」
壁に傷や穴、窓ガラスは割れ、食事を拒否、
そして、中には、部屋に閉じこもり、
不登校になってしまった子もいた。
ーーまるで、大人の男が怒り狂った様だと
知り合いや医師、教師に言われた事があるよ。
これらの言葉を聞いただけでも、
どれだけ、悲惨な環境に成り果てたのか、
竜司には、胸が痛いほど、想像がついた。
かりそめの平和は消え、地獄そのものだ。
それが、現在進行形で、続いている。
ーーむしろ、よく生きているな...。
絶望していた竜司だからこそわかる。
とてもじゃないが、忠則では、耐えられない。
おそらく、彼の奥さんが、一家を守ろうと、
精神的な支えとなって、必死になっているのだろう。
でなければ、忠則は、もうこの世にはいない。
それだけの罪深い事をした。
それを直視した事による、罪悪感は相当なものだ。
ましてや、幸せだったはず家庭は、今では崩壊。
彼の現実は、想像を絶する程の地獄であり、
さながら、悪夢を見ているだろう。
「子供達に、深い傷を残してしまった。」
「それでも、妻は、そんな私を見捨てず、
子供達の為に、手を尽くしてくれている。」
「だから、私のせいなんだ。」
「娘が病気になったのも、元を辿れば
私が原因だと、そう思っている。」
そして、話は、核心へと迫っていく。
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「重い...。」
竜司は、両手を後頭部で組みながら、
入院ベッドで、寝転がり、嘆息する。
ボォッと、天井を眺め、思案していた。
ーーまさか、あれだけの闇があるとは...。
勤め先の直属の上司に、あの様な、
深刻な問題があったとは、つゆ知らず。
あまりの重い話に、胸焼けが起こるどころか、
キリキリと、胃の痛みが再発するのでは、心配した。
忠則の話は、誰にでも言える内容ではない。
ちゃんと最後まで、聞いてくれる人は、
同じ経験をしてきたか、精神的にタフ、
それも、生死を彷徨ったレベルから、
強い意志で、現世に舞い戻ってきた、
その様な、非常に枠の狭い、厳しい基準に
たまたま、竜司という、部下が当てはまった。
だから、無意識に、話してしまったのだろう。
これ以上は抱えられない、限界ギリギリの心情、
だが、竜司にとっては、迷惑千万な話だ。
自分の溜めたツケを、こちらに押し付けてきたのだ。
「チッ...。」
竜司の父親と同じ、鬼畜の所業、
同情はすれど、反吐が出る。
上司とはいえ、許されない行いは軽蔑する。
だが、竜司の心配は、別にある。
ーーあのモブ親父は、大した事ねぇ。
ーー問題は...。
時は、再び、二人の会話のシーンへと戻る。