悪魔の子Vol:2
それから竜司は、佐々木の過去や
プライベート事情、家庭の事などについて、
30分以上、洗いざらいに、独白した。
5人もの子供がいる大家族、
一人っ子の鍵っ子だったため、
兄弟・姉妹のいる家庭に憧れていた。
しかし、DV気質のアルコール依存の
父親は、家にはほとんど帰らず、仕事もしない。
かといって、忠則の母親には、
生活を支える力はなく、借金頼りで
その内、お金で首が回らなくなった。
ガスや電気、水道は止められ、しまいには、
アパートをも、追い出されてしまった。
雨や寒さを凌ぐために、こっそりと
ビルの中にある多目的トイレの床で
寝ていた時もあったそうだ。
そして、困窮した挙句、闇金にも手を出した。
住んでいた家に四六時中、近所の目を
そっちのけで、ドアや窓を、ガンガンと殴り、
返済を迫られる日々と過ごした事もあった。
「約束を守れない奴は、
責任はとってもらわないとなぁ?」
「おんどれは舐めとんのか?」
「こちららテメェのタマなんざ、
いつでも取れるからな!」
まだ幼かった佐々木少年にとって、
今でも脳裏にこびりつく悪夢であった。
それでも、彼の母親は、助ける事もしなかった。
息子が、学校でイジメに遭っても、
手を差し出す事すらしなかったのだ。
まさに、絵に描いた様な、ネグレクトである。
ーー部長にも、そんな過去が...。
竜司にとっても、決して、他人事ではない話だ。
まるで、自分自身を見ている様な
感覚すら覚え、同情を禁じ得なかった。
その様な、異常な家庭環境に育った中、
ダークサイドに堕ちかけていた佐々木の
人生を救ったのは、今の妻との出会いだそうだ。
それまでとは、180度異なる方向へと向かう。
彼本来の実力以上が引き出され、
仕事がトントンが拍子に上手くいき、
出世街道をまっしぐら。
現在、取締役や専務クラスに推され、
もうすぐ、企業の上層部の仲間入りは、
秒読み段階となっている。
そして、家庭では、5人の子宝にも恵まれる。
竜司自身も、同じ悲惨な家庭環境に育ち、
つい先日、父親との因縁に決着をつけたばかり。
自身の将来像である、素敵な奥さんや
子供達の話を聞いて、上司の新たな一面に、
羨望の眼差しで、見つめていた。
「仕事も家庭も順調に進み、私が、小さい時は
得られなかった、幸せを今、この手で噛み締めている。」
佐々木の顔は、とても幸せそうで、
きっと、家族の事を思っているのであろう。
「そう思い込んでいたのは、私だけだったんだ。」
直後、佐々木の顔は、曇り、顔を落とした。
「仕事人間の私だったから、家の事は、
妻に任せてばかりで放ったらかしだったんだ。」
「誰も相談できなくて、孤独を深めていったんだ。」
どこで歯車が狂い始めたのか、
佐々木夫妻の関係が、悪化し始める。
そして、それに波及するかの様に、
問題は、子供達にも及ぼしていた。
「妻のストレスが、限界一杯でね、
義父母に子供達の面倒をお願いしていたんだ。」
「旅行もできる様になったし、ある程度、
良いモノを買える、裕福な生活送っていた。」
「けれども、妻は、全く、幸せではなかったんだ。」
この時、忠則は、何とかこじれた関係を
修復しようと、コミュニケーションを
取ろうとしていたが、のれんに腕押し。
だんだんと、両者が異なる価値観を
持っている事に気づいて、相互理解の
ハードルの高さを実感したそうだ。
「それでも、私は、妻の事を愛している。」
佐々木の闇に、一筋の光を差してくれた、
たった一人の女性だ。
彼の深い愛情は、相当なモノなのであろう。
「だけれども、恥ずかしい話、妻以外の
女性との交際経験もなくてね。」
「人付き合いも苦手だったし、
どうすれば、相手が喜んでくれるのか、
全く見当もつかなくて、困ったんだ。」
そして、彼の気づかない内に蓄積されていた、
フラストレーションは、最悪の方向へと進む。
「そして、気づいたら、子供達に、
手を挙げてしまっていたんだ。」
「あれほど、憎んでいた父親と、
私は、同じ仕打ちをしていたんだ。」
佐々木の顔は、苦悩に満ちていた。
絞り出された様な言葉は、現在進行形で、
苦渋が進んでいるのが、伺えた。
毒親を自覚した佐々木だが、この後、
より問題が深刻となり、佐々木家に
災いが、次々と降り注ぐ事になる。