日常Ⅴ:Vol6
「お前は、バカか?」
「俺の為になってねぇから、
実の子供にこんな事を言われるハメに
なってんの気づいていないの?」
ーーコイツにかけてやる慈悲はねぇ。
竜司にとっては、光はもう、父親ではない。
”アイツ”呼ばわりの、赤の他人に過ぎない。
おそらく、夢の世界にいる、
ダークサイドの深層心理に堕ちてしまった
彼にまで、その刃は届いているであろう。
その闇を切り裂き、正体を炙り出している所だ。
そして、すでに、被っていた化けの皮は
竜司によって、現に、剥がされた。
「お前にはわからないよな...。」
「俺がどれだけ苦労して育ててあげたか...。」
光は、幼児退行する様に、幼稚な発言が出てきた。
被害妄想、責任転嫁、悲劇のヒロイン...etc
実に、見るに耐えない、みじめで、情けない
大人の醜悪な姿を表す。
竜司からすれば、5歳児が、駄々をこねて、
泣き喚いている様にしか見えない。
これで、光が所属していた、会社という
一つの社会のグループ内では、それなりの
地位や肩書き得ていた、
仮初めの『人間』なのだから、現実とは滑稽である。
しかし、竜司は、その眼に焼き付けている。
ーー忘れない。
彼にとって、光は、反面教師ではあるが、
同時に、彼も、また一人の哀れな被害者なのは、
理解している。
光もまた、親からの真っ当な教育はもちろん、
注がれるはずの愛情さえ、与えられなかった。
厳しい家庭環境で、躾けられた影響で、
すでに、光の心は壊れてしまったのだ。
そして、他者を傷つけ痛ぶる方向へと走り、
己のキズを、誤魔化し、正当化してきた。
「俺は悪くない!」
光が、竜司に言っている内容は、この一言に尽きる。
そして、光の上の世代の、その親世代もまた...
と、負のループが、これまで繰り返されてきたのだ。
しかし、ここで、イレギュラーが発生した。
竜司という異分子が、突如として、現れたのだ。
これまでの家系に、呪われた様な
因縁の輪に、一つのズレが生じた。
きっと、何百年も続いてきた家系だ。
それからしてみれば、かすり傷程度だっただろう。
しかし、そのわずかにできた傷口に、
ウイルスが侵入してきたのだ。
それは、徐々に、感染度を高めていき、
遂には、その体を別個体へと変異させる。
通常ならば、竜司もまた、光と同じ、
因果を辿っていただろう。
だが、夢の世界での出来事、そして、試練を克服した。
もはや、タイムトラブルで、
未来に希望をもたらす為に奮闘する
物語の主人公さながらの動きである。
ーー絶対に、忘れない。
現実の観察者として、竜司は、
今回の物語の一部始終を見届け、
その胸に刻み、記憶する。
これまでの、彼の家系に宿っていた暗黒面、
そのカルマの、最後の犠牲者となった光の姿、
ーーだから、俺は...。
そして、これからの運命を、自らの意思で決める。
ーー俺の代で、終わらせる。
ーーそして、これから先、幸せな家族を...。
それがいつになるかは、まだ分からない。
ーーまだ未経験だけどさ...。
おまけに、童貞で、女性との交際経験すらない、
ある意味、現代社会では、レアなはぐれ者だ。
しかし、潜在意識レベルで、彼の心は定まっている。
ーーでも、絶対、必ず、その未来にしてやる。
ハートが、原動力となり、竜司を突き動かしていく。
ーーこれで...。
もう十二分に、竜司は、光の言い分を聞いた。
竜司の目から見れば、それは、光の背後にいる、
家系全体の総意の主張にも、聞き取れる。
お話は、もうたっぷりと、嫌になる程聞いた。
あとは、トドメとなる別れの言葉で、終わりにする。
竜司が、口を開こうとした、その時、
ーー...グゥッ!?
突如、竜司のお腹が痛み始めた。
キリキリと締め付けてくる様な、胃の痛み。
ほんの一瞬、竜司の表情が崩れた。
光に悟られない様に、そっと、
顔を下に向け、片手でお腹を添え、
痛みに耐えながら、すぐに顔を上げる。
ーークソッ、こんな時に...。
思えば、当然の事であった。