日常Ⅴ:Vol3
竜司は、ボヤけた意識を取り戻していくと、
90度、視界が横になっている事に気づく。
手前には、横転しているバイク、
サイドミラーは粉々に割れ、ガラスの破片が
アスファルトの道路にまで、広がっている。
車体も、滑る様に横転したから
大きなキズができているだろう。
5〜10m先には、シルバーのミニワゴン車、
おそらく、信号無視した車だろう。
ーー事故直後か...。
まだ、交通事故に巻き込まれたばかりの
現実世界の時間に戻ってきた。
そして、わずかな間に意識を失い、
倒れていた事を、竜司は、理解した。
長かった夢の時間とは、反比例して、
現実の時間の流れは、ごく短かった。
「ウッ!」
痛みが遅れて、竜司の全身にやってきた。
バイクで横転した勢いで、身体は投げ出され、
地面に叩きつけられたのだから、当然である。
特に、左半身の痛みが強く、動かせない。
「イテテテテ...。」
慢性的に、響く様に伝えてくる痛みは、
身に堪え、竜司は、呻き声を上げる。
「あっ!バイクの方が目を覚ましました!」
「大丈夫ですか!」
ーー見ればわかるでしょ...。
こちらの様子に気づいた中年男性が、
119番のレスキューを呼びながら、
声をかけてきたが、竜司は、ツッコむ。
「あと、5分足らずで、救急車が来るそうです!」
「...。」
答える気力はないので、アイコンタクトで
了解の意図を、竜司は伝えた。
ーーハァ...。とりあえず、待つしかねぇか...。
夢も大変であったが、現実は現実で、
それなりの厄介さを感じながら、半ば諦め、
時間の経過を待つのであった。
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それからの流れをかいつまんで説明すると、
救急車が到着し、竜司は、病院に運ばれた。
レントゲンやら、CTスキャンやらと
検査をした後、入院と手術が決定した。
「あぁ、これは折れているねぇ。」
担当医は、サッパリした口調で、伝えた。
写真からでも、ハッキリとわかる位、
ポッキリと、骨が折れていた。
診断結果は、左鎖骨の骨折で、全治数ヶ月、
幸いに、脳に異常はなく、体は打撲程度で済んだ。
ーーよく生きていたわ...。
竜司は改めて、事故の場面を思い出し、
ゾッとする感覚に襲われた。
頭から、強く、硬い地面に打っていたのだ。
もし、角度が少しでも悪ければ、
ヘルメットがカバーしきれない部分の
頭が、衝突していた。
つまり、紙一重、命からがらであった。
「当たりどころが悪かったら、この世にはいない。」
そう確信的に思える程の、衝撃があった。
ーー運が良かった。
心から、ヘルメットに感謝した。
歩行の問題はなかった為、ケガをした箇所は、
ギプスや三角巾や保護をしてもらい、一旦、帰宅、
着替えなどの準備をしてから、
改めて、病院へ赴き、5日間の
入院生活を過ごした。
それから、ボルトで、折れた骨を
くっつけて、固定する手術を受けた。
「綺麗な看護師さんがいるかも...。」
そんな甘い妄想をしていたが、
現実は、骨折の痛みや術後は絶対安静で、
それ所ではない、童貞男子だった。
しばらくは、病院が紹介する整形クリニックで
定期的に、リハビリ通いを予定だ。
バイクは、警察が事故現場を検分した後、
廃車処分の手続きをする事になった。
「もう、バイクは懲り懲り...。」
トラウマにもなりかねないので、
竜司は、惜しむなく手放した。
金銭面は、信号無視をした運転者が全負担、
あとの手続きも、保険会社や弁護士に一任、
必要以上に、負担がかかる事なく、
スムーズに、物事が進んだ。
事故に関しては、何らトラブルはなかった。
しかし、竜司の入院生活中の時であった。
「面会?」
病院の受付スタッフから、竜司に、
入院見舞いの面会を申し出があった。
「誰だ...?」
ちなにみ、会社には、事故の連絡を入れており、
その際、お見舞いは固辞していた。
「ちょっと骨折の痛みや手術でしんどいので...。」
ホンネは、親しい間柄の人はいないし、
変に気を遣われたり、話すネタもなく、
ギクシャクした空気になるのは、避けたい。
竜司は、建前の言葉を取り繕って、断ったのだ。
プライベートでも、連絡を取り合う
友人もいないぼっちな童貞の為、
来訪者が何者なのか、見当もつかない。
ーーガラッ!
竜司が考えていると、病室の扉が開いた。
「...!?」
その人物を目にして、竜司の顔色が一変した。
ーーコイツ...!