星那《せな》Vol:25
「何と言われても...俺は...お前が...。」
「大好き...だぜ。」
ーーゴフッ!
出血が止まらず、竜司は、伝えたい言葉を、
最後の一滴まで絞り出そうとする。
顔は青白く、瞳からは光が急速に、失われつつある。
「それだけは...忘れるなよ。」
「これが...俺からの...遺ご...。」
最後まで、竜司が言い終える事はなかった。
全身が脱力し、リュウジを抱きしめていた
腕は、重力に逆らう事なく、ぶら下がる。
ーーあとちょっとだったのにな...。
視界も真っ暗になり、かろうじて、
首だけは、リュウジの肩に乗っていた。
あとは、消えいく意識の中で、思いの言葉を、
書き残していく様に、綴っていく。
ーーでもいっか。言いたい事は言えたし。
ーーつか、容赦ないよなぁ。
ーーマジで、刺してきて、痛かったしさ。
ーー死ぬかと思ったぜ、ってかもうすぐ死ぬけどさ。
ーーけど、そのおかげでアイツとの時間が取れた。
ーー苦しい事ばかりだったけど、
あの頃の悔しさをちょっとばかし、
晴らせただけでもよかった。
リュウジという、もう一人の自分と
向き合えた事で、過去を直視し、
乗り越える事ができた。
そして、たとえ、この後待ち受けるであろう
運命をも、受け入れる覚悟ができた。
「まだだ...」
「まだ...終わってねぇぞ!」
リュウジの言葉は、もうカレの耳には届かない。
今、どんな心境なのか、顔をしているのかも、
5感を失った今では、わからない。
ただ、その目からは、涙が流れ落ちていた。
滝の水飛沫が頬についた事による
フェイクか、それとも彼の心情なのか、
次に取った、リュウジの行動が、
想像のヒントとなるであろう。
リュウジが、滝壺へと飛び込んだ。
瀕死の竜司の身体を引っ張り、
一度、入れば、二度と浮上できない
深淵の穴へ、自ら入っていった。
竜司はもう、呼吸すらままならない。
すでに、風前の灯である。
微かに残った感覚で、体内に水が
とめどなく侵入してくる事を感知した
竜司の最期の言葉、
ーーそうだな...。
ーー今日は...死ぬには...良い日だ。
そう言い遺すと、竜司の意識は閉ざされた。
肉体は、滝壺の深い穴へと沈んでいくのであった。
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ーーザザァ...。
雲一つもない大空に輝いている星々、
サラサラと、ダイヤモンドの様に
輝いている白い砂浜、
渓谷の様にそびえ立つ断崖絶壁、
そして、細かに立っている波、
その波打ち際で、竜司が気絶していた。
漂流してたどり着いた流木の様に、
身体が波で揺れながら、眠っていた。
光り輝く満月が、その姿を照らしている。
「...。」
竜司は、口に入ってくる海水のしょっぱい味で、
ゆっくりと、覚醒しながら、目を開ける。
まだ、完全には意識が戻っておらず、
漠然としていて、思考が回らない。
ーーここは...?
現状が把握できないまま、朧げな視力で
周りを見渡す。
月だけが、明かりの綱となっているので、
薄暗い景色では、詳細まではわからない。
ただ、最初にやって来た海浜と酷似、
または、同じ場所にいる事だけはわかった。
ーーあれっ...俺って死んだはず...?
ずぶ濡れの身体を確認すると、
刺された傷が見当たらない。
ーーそうか...ここは正真正銘、三途の海か?
と、黄泉の世界へとやってきたと思った。
「お帰りなさい。」
ーーとうとう、お迎えがやってきたか...。
と惜しむらくも今生との
別れをしようとした矢先、
どこか、聞き覚えのある声だと、思い出す。
ーーソー...。
首をゆっくりと回転させて、振り向くと、
夜にもかかわらず、ベンチに腰掛けて、
聖書の様な分厚い書物を読む、聖女がいた。
ホワイトカラーのレース調のワンピース、
頭を大きく覆う麦わら帽子、
背中まで伸びた白銀の輝く髪、
雪の様な白い肌、すみれ色の透き通る瞳を
満月の光が、その美しさをより際立てる。
「お帰りなさい。」
「試練、乗り越えましたね。」
「よく耐え忍んで、頑張りましたね。」
聖女様のお褒めに預かり、
うっかり有頂天になりそうだったが、
ここで、ハッと我に返る。
「へっ...?」
「試練?乗り越えた?」
あの結末を迎えたのだから、
当然、失敗したと思い込んでいた。
しかし、どうも、違うらしい。
寝耳に水、まったく、どういう事情なのか
見当もつかず、鳩が豆鉄砲を食った顔をする
竜司だが、聖女は、事務手続きの様に進める。
「さて、積もる話はありますが、
その前に、やる事があります。」
ーー何かイヤな予感が...。
竜司のイヤな予感センサーが働いた刹那、
ーーズボッ!
突然、聖女が、竜司の目の前まで
瞬間移動の様に現れると、手を突っ込んだ。
竜司の眼球に、である。
「ギャァ!!!」
「目がぁ!!目がぁぁ!!!」
突然の聖女の狂気的アクションに、
竜司は反応できず、ただ、目の激痛に
のたうち回るだけであった。
だが、それも一瞬、
次第に収まりつつあるが、ジンジンとする
目の痛みに堪えながら、上半身を起こす。
「ちょっとしたプレゼントですよ。」
ーーどこがプレゼントだ!ただの...
ちゃめっ気の含んだ聖女のコメントに、
竜司は文句を漏らしながら、押さえていた
手を目元から離すと、瞳に変化が訪れていた。
一般的な人々の持っている黒色の色素、
それが、サファイアブルーに一変、
その周囲には、美しく散りばめられた
小さくも輝いている星々が、配置された様な
瞳へと変わっていたのだ。