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星那《せな》Vol:24



ーーそっか...。



竜司は、心臓をナイフで抉られる様な

数々の言葉に、後悔も苦しみの念はない。



ただ、ただ、受け入れていた。



思い出される過去、どれを切り取っても

二度と、戻りたくないあの日々、



抗えなかった己の非力さを、

変えられなかった現実を嘆いた。



惰性に流される日常は、吐瀉物を

飲み込む様で、いつも不愉快だった。



「この世界が、現実じゃなければ」



いつしか、自身と向き合う事を諦めた。



現実逃避をする事で、かろうじて、

アイデンティティーを保っていた。



だが、ずっと、心ではわかっていた。



大人になった今ならば、変えられる。



幼い頃の無念を、いつでも晴らせられる。



けれども、その勇気ある一歩を踏み出せなかった。



その罪悪感は、彼を常に蝕み、

現実でも、彼の億劫な態度に現れ、

清水の舞台から飛び降りられなかった。



もし、夢の世界に誘われる

イレギュラーがなければ、竜司は、

生涯、苦悩していただろう。



そして、孤独に、歳を重ねたまま、

一人で、後悔を抱えたまま死んでいた。



永遠の闇を彷徨う、悲しき囚人だった。



竜司の視界には、日本刀を携えて、

こちらに走るリュウジが映っている。



数秒とかからず、刀は、竜司を貫くだろう。



ゆっくりと流れている時間の中で、

竜司は、かつての自身の姿に思いを馳せる。



彼は、とても、悔しかったのだ。



いつか、こんなクソみたいな現実を

ブッ壊し、自分だけの世界を、未来を創る、



その行く道は、いつも阻まれていた。



どこにもぶつけられない、誰にも打ち明けられない、

孤独で、寂しさを、自分だけした抱えられなかった。



血の繋がった親でさえ、守ってくれない。



そして、あろうことか、自分自身でさえ、

本当の感情をなかった事にして、暗闇に葬ろうと、

守るのを放棄してしまっていた。



リュウジが、自身へと向けている

怒りや悲しみのベクトルは、必然だ。



リュウジの言葉は、悲痛の叫びでもあったのだ。



きっと、裏切られた気持ちになり、

懺悔しても、決して許されない程の

憎しみの感情もあるのかもしれない。



ーーそれでも...。



竜司は、まっすぐに、彼を見つめていた。



その瞳に、恐怖は宿っていない。



慈愛に満ちた表情をしていた。



それは、自分の身に何が起きたとしても、

運命を受け入れる覚悟の表れでもあった。



ーーブスッ!!



「グッ...!!」



まっすぐに、日本刀が、竜司の身体に突き刺した。



腎臓の部分が貫かれており、

その激痛は、全身を一瞬で駆け巡る。



経験した事のない、想像を絶する痛みが、

竜司に襲いかかり、口からは血が溢れた。



おびただしい出血量で、血圧が急激に低下し、

意識が朦朧とし、視界がボヤけ始める。



ーーあぁ、これは死んだなぁ...。



己の死期は、近い事を悟る。



ーーギュ...。



竜司は、刺されたままの状態で、

目の前にいるリュウジを抱きしめた。



重くなっていく身体とは真逆に、

それは、羽が生えた、とても優しい、

包み込む様に、両手を背中に回す。



「...!?」



リュウジは、竜司の取った行動、

目の前の現実に、理解が追いつかず、

驚きのあまり混乱していた。



ただ抵抗も、避けもせず、刃を受け入れた。



想定外の現象に、絶句し、思考が停止した。



「なぜだ...?」



「なぜ...よけ...?」



言い終える前に、竜司が、遺言と呼ぶべき

言葉を、耳元で、弱々しくも語りかける。



「ごめん...なぁ...。」



「気づいて...いたのに...」



「ずっと...一人で...守って...やれなくてさ。」



ーーゲホッ!



喋るのも精一杯だが、なおも、言葉を紡ぐ。



「ほんと...クソみたいな...人生だった...けどさ。」



「最後に...お前の...お陰で...。」



「大切な事に...気づけたよ...。」



竜司の目からは、涙が流れていた。



「ありがとう...。」



「今、俺は...幸せ...だぜ。」



「おかしいよな...?もう...死ぬっていうのに...。」



「でも...、俺の心は...たった今...満たされたよ。」



徐々に、竜司の目に映っている景色は、

端の方から、黒く塗りつぶされている。



「フザけんな!!!」



怒りの声を上げるリュウジだが、

しっかりとホールドされている為、

身動きが取れない。



「テメェだけ満たされるとか、

そんな勝ち逃げがあってたまるかよ!」



「こんな事で、全てを良しとするとか、

水に流すなんて、冗談じゃねぇ!」



「ーーー!!」



竜司の耳に、もう声は、届かなくなっていた。



試練は、終わった。



バッドエンドを迎えてしまう訳だが、

竜司にとって、最後、命を賭して、

自身と向き合う事ができた。



それだけの価値のある、灯火であった。



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