星那《せな》Vol:23
エージェントボブの様な超人的な
反応でかわしている訳でない。
純粋に、彼の直感、予測でなされたシーンだ。
ある意味、未来予知にも近い力だが、
それを現実として、可能にしているのも
また、脅威的である。
どのタイミングで、相手は何の選択を取り、
それに対する、いくつかのアンサーが、
瞬間的に、頭の中にイメージでされている。
おそらく、リュウジはこの時、
ゴム弾を避けるなど、他のプランや
ビジョンも、頭にあったはずだ。
しかし、リュウジは、敵に対して、
アドバンテージを取る事はもちろん、
最も、心理的にもダメージを与えるか、
たとえ、一歩間違えたら、こちらが
不利な状況に立たされる事になったとしても、
リュウジは、躊躇なく、その行動を取る。
そして、ギリギリの賭けに、勝った。
リュウジは、また一歩、強く踏み込み、
刀が届く距離にまで、一気に、近づいた。
ーークソッ...どうする...!?
近接距離では、竜司が不利である。
もし、先にもう一発、撃てたとしても、
確実に、当たるという保証はない。
外せば、そのまま切り捨てられるのが、関の山だ。
おそらく、9割以上の確率で、
リュウジは、回避するだろうし、
それも読んだ上で、対応する。
迫り来る脅威、狭まっていく選択肢に、
竜司は焦りながら、必死に、
頭を働かせて打開策を見出そうとする。
竜司の目は、彼の表情を捉えていた。
冷血にして、冷酷、慈悲の無い瞳、
ただ、目の前の敵を屠るべく事が目的の
殺戮マシーンの様な冷たい表情だった。
「なんで...。」
「なんで...何だよ!」
「バッカやろうが!」
ーーダン!
竜司は、後退する事も、横に回避する事もせず、
迫り来る、リュウジへ罵倒する様に、突っ込んだ。
「...!?」
一瞬、リュウジは、思わぬ行動に、
面食らった顔を見せたが、すぐに、
迎撃の構えをする。
「それも読んでるんだよ。」
「そんな事はわかってるよ!!」
刀が振るわれるよりも先に、
竜司の行動が、一手、早かった。
愛用の銃を、リュウジめがけて投げたのだ。
「!?」
拳銃が投げつけられた事で
リュウジが気を取られた一瞬の隙、
「いい気になってんじゃ...」
竜司は、勢いそのままに、タックル、
「ねぇぞ、反抗期の盛ったマセガキが!」
そして、渾身のヘッドバッドを、
リュウジの頭へとクリティカルヒットさせた。
「ガッ...!」
リュウジは、頭突きの衝撃で、後ろへと飛んだ。
意識が飛びかけて、刀を手放してしまい、
大の字になって倒れ込んだ。
「何でだよ...!」
「何で...潰しあわなきゃならねぇんだ?」
「お前は、もう一人の俺自身だろ?」
「仮に、そうだとしても、俺が死ぬべき
理由なんてあるのか?」
竜司は、叫ぶ様に、今一度、
リュウジへと問いかける。
興奮して、アドレナリンが出ているのか、
ジンジンとすれど、頭突きをした額の
痛みを感じていない。
「ウルセェな...。」
リュウジは、頭を抑えながら、
イライラした口調で、体を起き上がらせた。
「うざったいんだよ、テメェが...。」
「猿以下のバカな大人どもに、いい様に利用され、
いつまでも被害者ヅラしてるのがよ。」
「テメェさえガマンしていれば、
報われるとか、幸せな未来が待っているとか。」
「そんなかったるい夢を言い訳に、
オマエは、現実から逃げてるんだよ。」
竜司は、返す言葉がなかった。
その通りだったから。
かつての取り巻いていた環境に、
いつの間にか染まり、右に習う様に、
考える事をやめてしまっていた。
当時の本当の気持ちに、蓋をしてしまっていた。
それを、今、リュウジが代弁してくれているのだ。
いつか、この状況からきっと抜け出せる、
いつか、不幸だった日々も、笑える時が来る、
いつか、いつか、いつか...
けれども、その”いつか”は、やって来ない。
竜司が、自分の気持ちに蓋をした時から、
彼の流れていた時間は停まったままなのだ。
停止した時の歯車に、未来は、訪れない。
あるのは、モノクロの白黒画像の日常だ。
そこに、その人の彩られた、命はない。
「クソみたいな”アイツら”に、存在意義を
奪われた時点で、負けたって事。」
「つまり、死んでるも同然なんだよ。」
「そんなテメェじゃ、オレの心は満たされない。」
「だから、オマエのクソみたいな
ぬるい人生は、ここで終わりだ。」
リュウジが、落ちていた日本刀を拾う。
「一生、ここで輪廻してろ。」