星那《せな》Vol:22
リュウジの敵意ある視線は、竜司へと注がれていた。
明確な敵対心を隠す事すらしない。
「えっ...?何を言って...?」
状況を飲み込めていない竜司は、
戸惑いの表情で、足を一歩引いてしまった。
しかし、時間は止まってはくれない。
次の瞬きを迎えた頃には、周囲の景色が
また、変わっていたのだ。
ーーここは...?
どうやら再び、元の場所に戻ってきたらしい。
ヒマラヤ山脈の様な険しい冬の地帯から
霧雨の降る、スギや原生植物などの
緑が豊かで、神聖な空気が漂う霊山、
ただ、唯一、ひとつだけ違う点があるとすれば、
竜司の目の前に、大きな瀑布が流れていた。
ーーザザザザザザァァァ!!!
耳の奥底にまで、つんざく様な響き渡る
滝の流れる音が、竜司の聴力を支配していた。
およそ100m以上ある落差、滝壺の深さは
10mは及んでいるあろう、穴の底が見えない、
円形の大きな、深淵の暗闇が広がっている。
周りは、大樹で囲まれており、
その凛とした存在感は、見る人が思わず、
背筋を正してしまう程だ。
大滝の落ちる水しぶきや涼やかな風が、
竜司の全身に当たり、水滴は頬から流れている。
水簾の圧倒感に、気を取られていた時だった。
「...!?」
背中から気配を察知した竜司は、
反射的に1歩分、サイドステップする様に
瞬間的に、身体を動かした。
「チッ...!」
竜司が、振り返りながら距離を取ると、
そこには、日本刀を振り下ろした
リュウジがいた。
一振りで決着をつけるつもりが寸前の所で
躱された事に、舌打ちをした様子だ。
コンマ0秒単位でも遅ければ、竜司の
身体は、あの鋭い刃に切り裂かれていた。
「どうして...?」
仲間とまではいかないまでも、試練を
乗り越えんと協力してきた関係である。
それが、いきなり、掌を返す形で、
負の感情の矛先を竜司に向け、その命をも、
奪わおうとするばかりの趨勢だ。
「どうしてかって?」
「テメェのついている脳ミソは飾りか?」
「言ったはずだ。」
「踏み台なんだよ。」
「オマエとクリアする方が、
早いから組んだだけの話だ。」
「試練を乗り越えたら、オレは、この世界を支配る。」
「その為の、生贄要因なんだよオメェは。」
困惑する竜司の言葉を、リュウジは、冷淡に突き放す。
「試練はもう終わったはずだろ?」
「だからこれで...」
なおも、竜司は食い下がり、妥協点を見出そうとする。
「いつまでグダグダ言ってんだ?」
「もう話は、ついてんだよ。」
リュウジは、刃の切先を、正面に突きつける。
「テメェが死ねば、試練は終わりなんだよ。」
「理解したか?クズ童貞。」
「オマエをぶっ潰せば、オール解決。」
「という事で...さっさと死ね。」
刀を構え、竜司へと襲いかかる。
ーーヤバッ...!
二人がいる場所は、滝壺を囲う様な
円柱型で、苔の生えたゴツゴツとした
石の足場となっている。
周囲には、道らしい道もない。
逃走を図ろうにも、大木がそびえ立つ
壁の様に君臨している。
つまり、逃げ場がない。
おまけに、少しでも、足を滑らせれば
滝壺に落下してしまうリスクもある。
もし、落ちてしまえば、毎秒1トン程の水量だ。
深い闇の水底へと叩き落とされて溺れ、
二度と、地上へと浮上する事はもちろん、
永遠に、現実に帰還する事も叶わない。
ーーパァン!
交渉の余地はない。
反撃しないと、こちらがやられてしまう。
竜司は、迎撃する為に、ゴム弾を放った。
本気でやらなければ、やられてしまう。
もう一人の自分と対峙しなければならない、
良心の呵責に耐えながらも、歯を喰いしばり
ながら、リュウジの額を狙った。
ーーせめて、気絶させなければ...!
「オマエの学習能力は、サル以下か?」
「テメェのやる事なんぞ、オレには読めるんだよ。」
ーースパン!
リュウジは、正確無比に、軌道を
先読みした様に、刃物を移動させて、
ゴム弾を一刀両断してみせた。
ーーウソッ!
驚異的な対応に、竜司は、愕然とする。
「同じ手が、オレに通用すると思うなよ、
モブ童貞ごときが。」