星那《せな》Vol:19
ーーカンッ!
肉食動物が、駆け出す直前、
円柱型の黒いモノが、床に落ちていく音がした。
「目を閉じろ!!」
リュウジの呼びかけに反応し、竜司は目を閉じた。
その時、クマの目の前を発生源に、
大広間を覆う強烈な閃光が走る。
「グガァァァァァ!!!」
ブラックベアーは、強烈な光を、
直接的に喰らってしまったが為に、
目が尋常ではないダメージを負った。
「タラタラしてんじゃねぇよ。」
「さっさと逃げるぞ。」
その場で、うずくまる猛獣をよそに、
リュウジは、竜司に、蹴りを一発入れる。
「おぅ...。」
キックを受けた事で、縛りが解けた
竜司は、ぎこちない動きながらも
一歩を踏み出す事ができた。
危機的な状況の最中に投げ込まれたのは、
スタングレネードであった。
致命的なダメージを負わせられなかったが、
時間稼ぎには、十分な時間を稼ぐ事ができた。
だが、あくまでも、延命に過ぎない。
”アイツ”にとって、もはや、こちらは、エサだ。
戦場だった空間は、狩り場へと変わった。
光の暴力的で、執念深い性格を踏まえると、
きっと、どこまでも追いかけてくる。
二人は、泊まっていた宿から脱出。
命がけの逃亡劇が始まる。
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「寒っ!!」
外へ飛び出した先の視界は、雪景色だった。
辺り一面、雪化粧へと変化した山々は、
竜司達の行く手を阻む。
ただでさえ、少しでも距離を置きたい所だが
雪に足を取られて、動きが鈍い。
二人は、全身白づくめの厚着の
スノーウェアに衣装チェンジ、
白色のニット帽とゴーグルを装着、
なるべく、同じ景色に融けて
位置がバレない仕様にした。
どこか避難して、迎撃できる建物がないか、
竜司は、慣れない寒さに震えながら
時折、双眼鏡で覗き、探している所だ。
「黙れ、サッサと行くぞ。」
リュウジの方は、環境が変わろうが、
スタンスは変わらず、淡々と歩を進めている。
キツイ性格の持ち主だが、一つの目標に向け、
足を止めず、グチを一滴すらこぼさないのは
見習いたいものである。
ーーグォォォォォ!!!
獣の雄叫びが、こだましてきた。
遠い距離からでも、憤怒や憎悪が
込められているのが分かる位に、
ヒリヒリと伝わってきた。
おそらく、ある程度の回復をして、
動けるまでの状態に戻ったのだろう。
そして、改めて、獲物を仕留めるべく
動き出し、乱暴に建物を破壊しながら
こちらに向かってきているはずだ。
しばらくしたら、こちらも姿が確認できるだろう。
そうなると、雪山での対決は、
圧倒的に、竜司達が不利だ。
つまり、絶賛、絶体絶命のピンチ、
危機的な状況が、秒読みフェーズに入っているのだ。
ヒシヒシと、首筋に鋭い刃が
その喉を掻き切ろうと迫る中、
「おい、村人A。」
「あそこに行くぞ。」
リュウジが、竜司を辛いあだ名で呼んだ。
ーーいや、村人Aって...。
ボヤきながら、竜司が視線をリュウジと
同じ向きに向けると、建物があった。
上り斜面、その山頂に、屋敷の様な広さの
大きな一軒家があったのだ。
およそ、雪山に似つわしくない建築物だが、
それ以外に、逃げ込める場所はない。
「グワァァァァ!!!!!」
下の方から、鼓膜が張り裂けそうな
鳴き声が、聞こえてきた。
「もうここまで来てやがる...!」
驚異的なスピードで、追跡してきたのだろう。
竜司の目でも、直接、こちらを睨みつける
肉食獣の姿を確認する事ができた。
「吠えるだけの、うるせぇデカブツが。」
「あんな見せかけの図体だけで、
オレの心が、燃える訳ねぇだろ。」
「時間の無駄だから、とっとと終わらせるぞ。」
差し迫るピンチに、リュウジは怖ける所か、
毒味のあるコメントを吐きながら、
屋敷の入り口へと、先に入っていった。
ーーあいつはなんで、余裕なんだ...?
あの牙を喰らったら、一溜りもないはずなのに。
竜司は、もう一人の自分の態度に
不思議がりながらも、屋敷の中へと
足を踏み入れた。