星那《せな》Vol:17
二度目も、遠慮なく、竜司は殴り飛ばす。
「二度もぶった...?」
「親父にもぶった事ないのに!」
今度は、高らかな声で、笑みすら浮かべる。
どんどん、内側から込み上がるテンション。
かつての恐怖の象徴であった父親という
精神的な壁を打ち破った事による高揚、
いわゆる、ハイになり、キマッている。
その解放感は、性行為の快感と等しい、
もしくは、それ以上の、震える様な
絶頂の瞬間を迎えている。
イッテしまった竜司に、賢者タイムは訪れない。
善人ぶった、か弱いセリフを言う一方、
眼前では、えげつない行為を行うのは
もはや、一端のサイコパスの様でもある。
容赦ない竜司に、光は成す術がなかった。
「おい。」
ーーオレの獲物を横取りするんじゃねぇ。
イラ立ちの色を隠そうともしない
リュウジが、横槍を入れられた不快で
割って入ろうとした矢先、
「なんだよ。」
竜司が、先に口を開いた。
「今、良いところなんだよ。」
その言葉の端々はもちろん、
目は、狂気に染まっていた。
全身から異様なオーラを放ち、
ダラシない笑みに、リュウジは気圧され、
無意識に、足を一歩退いていた。
戦慄が、体を駆け巡る。
「すげぇ気持ちぃ...。」
人を殴ったり、ケンカの経験もなく、
親にも反抗した事のない竜司が、
初めてのラインを、二重の意味で超えた。
それが、彼のリミットを外した。
プッツンと糸が切れた様に、
これまで堰き止めていた壁が
崩壊したの如く、
「アハハハハハハハハハ!!!!」
竜司は、溢れる笑いを発散する。
ーーやってはいけない事をした?
ーー非常識で、非道徳な行いをした?
「そうかもなぁ...そうかもなぁ!!」
自問自答に対しても、笑い飛ばす。
「あぁ...これだから...やめられねぇな...。」
「面白ぇよなぁ...ほんと...。」
ーーククク...。
余韻の笑いに浸りながら、竜司は、
内なる、激しい攻撃性を肯定した。
シャドー、闇を打ち破った喜びを
今一度、味わっている。
「フゥ...。」
次第に、落ち着いてきた竜司は、深呼吸を挟む。
「あぁ、スッキリした!」
そうあっけらかんとした態度で、
つっかえていたモノが取れた幸福を
一言で、まとめた。
やっと、確変タイムを終え、
静まりゆく己の野生と入れ替わりに、
人間性を取り戻していく。
「おい。」
だが、名残があるのか、荒々しさを感じさせる。
「さっさと起きろ。」
「タヌキ寝入りすんな、死に損ない。」
竜司の言葉に呼応する様に、
春田光は、ヨロヨロと立ち上がる。
「それで、最後に言い遺す事は?」
いきなり、クライマックスのセリフである。
ここで、典型的な物語ならば、
情けやら容赦やらで、相手に譲歩して
弁明の機会を与えただろう。
よもすれば、やむにやまれぬ事情があり、
お涙頂戴の展開もあったかもしれない。
そして、その処遇、生殺与奪は
主人公サイドに委ねられるのだが...
と、ひょっとすれば、大団円、
ハッピーエンド、理想的な未来を
迎えるルートもあったのかもしれない。
しかし、竜司の相手は、人生レベルに渡り、
精神的に追い詰めてきた根本、
トラウマの根源であった、”アイツ”だ。
”アイツ”の所業は、万死に値する。
言い訳も、弁明も、温情も、慈悲の心もいらない。
呪縛は、たったの拳一本で、祓った。
だから、もう用済みなのである。
”アイツ”、かつては父親だった呼称は、
竜司の中に、もう存在しない。
「...。」
しばし、沈黙が流れる。
「俺は...。」
ーーパァン!
主語を聞いただけ、竜司は引き金を弾いた。
額の真ん中に、ゴム弾は命中し、
そのまま光は、仰け反って倒れた。
すでに、竜司は、父親のタチは把握していた。
責任転嫁のパレード、
自分の棚を上げる才能はピカイチ、
口の巧さは、詐欺師レベル、
最後の言葉を口実に、長々とした、
クダらない自己弁護に走る、
その姿が、ありありと見えていた
竜司は、付き合う義理もなく、躊躇なく
銃の引き金を弾いたのだ。
「ふぅ...終わった...。」
光が意識を失った事を確認すると、
竜司は、吐息を漏らし、砕けた表情になる。
いきなりのシリアスな場面であったが、
思いの外、スムーズに終えられた。
父親はもう、彼の重荷ではなくなった。
ーーこれで...。
家族の因縁にケジメをつけた
竜司は、試練の終了を思った。
「おい。」
しかし、リュウジの表情は、厳しかった。
「平和ボケしてんじゃねぇよ。」
「まだ、終わってねぇ。」