星那《せな》Vol:15
ーーパチッ。
夢の終わりと共に、竜司は、目を覚ました。
どれくらいの時間が経過しただろうか、
時計を持っていないが為に、正確な時刻は
把握できないが、真夜中辺りであろう。
「イテテ...。」
全身を覆う筋肉痛で、強制的に、頭が冴える。
「夢の中で、夢を見るって...。」
初めての経験であったが、
必ずしも、夢の中で自由行動できる
とは限らない、と分かった。
パラレルワールド、あるいは、
これからの竜司を暗示する内容なのか、
中世期のファンタジー要素が絡む世界は、
竜司にとって、不思議な体験であった。
「もう一風呂浴びるか...。」
その謎の解明はさて置き、
竜司は、ダメージが残っている
身体のリカバリーをする為に、
また、温泉に入る事にした。
源泉掛け流しの100%天然の温泉は、
どうやら、彼の心を掴んだ様だ。
ーー帰ったら、入りに行こうっと。
現実に戻った時の楽しみが増えた。
ーーザバァン!!
誰もいない、シーンとした空気の中で、
竜司は、2度目の温泉で療養する。
「フワァ...極楽じゃぁ...。」
贅沢に、一人の時間を楽しみ、
天井を眺めながら、お湯に浸かり、
全身を弛緩させる。
チョロチョロと流れる源泉の音だけが、
風呂場の空気を奏でている。
すっかり、先ほどの夢を含め、
これまでの過程は、忘却の彼方である。
寝るとリセットができるのが、彼の強みでもある。
ーーあぁ、このままずっといたわぁ...。
いつか温泉旅行でもして、
ゆっくりと時間を忘れて、
静かな時を過ごしたい、
思えば、心安らぐ時間がなかった事に気づく。
日常に忙殺され、自分の為に
何かをしてあげられなかった。
それでは、何の為に生きているのか?
ただ、生活を維持する為に過ごしていけば、
鬱々とした気持ちに占められ、次第に、
現実世界が、嫌になるのは無理もない。
ずっと、無意識に、肩肘を張り、
顔面を強張らせながら、生きていた。
こんなにも、何十兆もある細胞単位で、
肉体がリラックスしたのは、記憶にない。
プレッシャーの中で生きてきた竜司は、
自然と湧き出てくる、解放感や幸福感を
全身で、味わい、堪能していた。
何人たりとも妨げられない、彼だけの至福。
「そろそろ、出るか。」
30分ほど浸かった後、竜司は、浴場を後にする。
身体は、蒸気の様に湯気が噴出しており、
ホカホカとしながら、宿の廊下を歩く。
ーーまた入ろうっと♩
完全に、温泉の虜となった竜司は、
三度、目が覚める、または、出発の前に、
入浴すると、決めて部屋に戻っていく。
ーーガタッ!
足取りの軽い竜司の耳に、ふいに、異音が聞こえた。
ーー何だ...?
竜司は、足を止め、息を潜めて、様子を伺う。
およそ15m先の左手、
間取り図的には、食事や宴会などに
使用される大広間からであった。
深夜、もう夜明けが近い時間帯、
廊下以外、消灯している施設で、
まだ誰も浸かっていないだろう所から
音が聞こえてくるのは、おかしい。
ーー何かがいる...?
竜司は、ゆっくりと忍び足で、
広間へと近づいていく。
閉じられている襖を開ける。
「あっ...!」
竜司は、思わず、声を上げた。
襖の先には、薄暗い中でも、見覚えのある
人物が確認できたからだ。
「どうした?」
「ガタガタ抜かすな。」
ーーまだ何も言ってないんだけど...。
そうツッコミを入れながら、竜司は、
いつもよりも目付きを鋭いリュウジの
様子を訝しんでいた。
「おい。」
リュウジが、鋭利な言葉で、簡潔に伝える。
「死ぬ気で、ついてこい。」
ーーいや、一体、何を言って...!?
ツッコミを終える前に、竜司は
言葉の意味に気づいた。
リュウジの視線の先、約10m先、
そこに、“アイツ”がいた。
「テメェ...。」
リュウジは、歯軋りをしながら、
憎しみの表情で、睨みつける。