星那《せな》Vol:13
「鼻に水がぁぁ...!」
文字通り、冷や水を浴びせられた
竜司が、痛みで悶絶しているそばで
リュウジは、シャワーを浴びる。
それから、もう一つある浴槽に入り、
お湯で濡らしたハンドタオルを長方形に
畳み、おでこと両目を覆う形で乗せる。
「ふぅ...。」
静かな吐息と共に、首下まで浸かり、
ゆっくりと、足を伸ばしてリラックスした。
「イテテテ...。」
鼻の痛みが収まってきた竜司は、
すっかりと、眠気が覚めてしまった。
湯船から上がり、リュウジが入浴している
槽へと入り直していく。
「寝てねぇぞ。」
「つぅか、俺のパーソナルエリアに入ってくんな。」
気配を察知したのか、リュウジが、
ピクリとも、身動き一つ取らずに、
不快感を露わにした。
「そう堅い事、言うなって。」
「相棒なんだし、裸の付き合いも大事だぞ。」
「黙れ、相手なんて誰だっていい。」
「たまたま居合わせて、組んだだけだ。」
「あくまでも、踏み台だからな。」
「お前も、この試練も。」
ーーすげぇ辛口コメント...。
薮をつついたら蛇ではなく、
キングコブラ級の猛毒生物と
遭遇してしまった様だ。
だが、竜司は、その毒気のある言葉から
ある程度、リュウジのパーソナリティを
掴もうとしていた。
当時の自分さえ知らなかった、思春期の己自身、
それを知る事が、現実の竜司にとって、
何かの目覚めとなるヒントとなるかもしれない。
「じゃあ、聞くけどさ。」
「あぁ?」
なお、一貫して反抗的な態度を崩さない
青少年に対して、竜司が突っ込んでいく。
「お前は、この試練でどうしたいのさ?」
「...。」
しばらくの沈黙の後、
リュウジが口を開いた。
「潰したいヤツがいる。」
「アイツをぶっ潰す事が、オレの全てだ。」
「復讐かい?」
「ケジメだ。」
なんとなくだが、竜司は、会話の内容から察した。
ここまで捻くれた性格、ではなく、
敵対心や復讐心などのネガティブな感情を
抱え、暗い影を落としてしまった理由。
ーーだとしたら...。
考えられる限り、その原因は想像がついた。
まだ、直接、確認した訳ではないので、
確信は持てないが、竜司の中では、
候補は自然と絞られてきた。
ーー確かに、試練かもな...。
リュウジの言う「アイツ」との邂逅は、
すぐ近くの刻までやってきているだろう。
「そうかい。」
「じゃぁ、俺もケジメをつける事になるな。」
「お前は、もう一人の俺だしな。」
「勘違いすんなよ。」
「そんなヒヨコみてぇなモノと、
オレと並べるんじゃねぇよ。」
リュウジは、立ち上がり、竜司の方へと
顔を近づけて宣誓する。
「これからのお前は、俺が支配する。」
「世界を獲るついでだ。」
「お前ごときの配役は、モブ程度で十分だ。」
「ちょ...近い...。」
思わず、顔をのけ反らせる竜司、
ーーほんと、俺ってこんなだっけ...?
自分でも信じらない位、目の前にいる
青少年期の自身に戸惑う。
だが、当時の環境を鑑みれば、
抑圧されていたが為に、本来の自分を
表現する事ができなかったのだろう。
そう考慮すれば、竜司自身すら、
自分という人間、パーソナリティーを
わからないのも、無理はない。
本当の彼は、アグレッシブで、迷いのない、
行動ができたのだろう。
そして、瞬時に、先の事を見据え、
固定概念や先入観で、物事を見る事なく、
己の直感を信じて、動いたのだろう。
だが、そのエゴは阻まれ、捻じ曲げられてしまった。
今、目の前にいるリュウジは、
本当の自分を映し出している反面、
当時の環境による、悪影響も反映されている。
とても複雑な事情を抱えているが、
一度、理解してしまえば、対処も容易い。
ーーバシャー!
「じゃぁ、さっさと終わらせるぞ!」
竜司が、はっちゃけた様に、
風呂桶の冷や水をぶっかけた。
「...!」
わかりやすい位、リュウジの額に青筋が入った。
「テメェ...!」
「そんな辛気臭い雰囲気じゃ、
試練なんてムーリーだぞー!」
「陰キャ魔王なんて、需要ねぇぞ!」
「この脇役が...!」
大人の煽りに乗ったリュウジは、
まだまだあどけなさを残している。
その後、二人で何度も水を被る合戦を
繰り広げながら、夜が更けていくのであった。