星那《せな》Vol:10
ーーまぁ...どの道、行くしかねぇわな...。
「ハァ...。」
フッと、吐き出す様に、軽いため息をした後、
竜司は、意を改めて、石段を見つめる。
どれだけ先を見ても、上がっていく
石畳の階段と、踊り場しか、確認できない。
この先に、何が待ち受けているのかは
見当もつかないが、進むしかない。
竜司は、夫婦杉の間をくぐろうとした時であった。
「そういえば...。」
あのワンパク小僧がいない事を思い出す。
事故の衝撃で、それどころではなかったのだが、
でしゃばりな気質のアイツにしてみたら、
こんな美味しいイベントはないはずである。
「あの子でしたら、もういますよ。」
聖女の見つめる先が、居場所を示してくれている。
「やっぱりか...。」
と、また面倒事に巻き込まれそうで、
憂鬱な表情を浮かべる竜司であった。
しかし、今回、事情が事情なので、
一人よりも二人で挑めるのは、心強い。
首を左に向けると、彼は、いた。
「え...?誰...?」
確かに、聖女が言う様に、リュウジはいた。
だが、竜司が知っている彼とは、違っていた。
背丈は、竜司とほぼ変わらず、
スレンダーな体型、黒色の長袖シャツと
ジーパン、白色のスニーカー、
鼻先まで届く、目を覆う長さの前髪が
特徴的なふんわりとしたショートヘアー、
その髪の間から覗かせる黒みがかった
エメラルドグリーンの瞳は、
憂いや気だるさを帯びている。
他人を、寄せつけない威圧感をも感じさせる。
中高生であろうか、まだ幼さを残している。
樹齢1000年近いスギを背に、
彼は、腕組みをしながら、現れていた。
「おっせぇよ、いつまで待たせるんだよ」
戸惑いの色を浮かべる竜司に対して、
開口一番、辛辣な言葉を浴びせる。
「えぇ...。」
予想外とは、まさに、この事だと、
竜司は、実感したであろう。
あの幼なくて、自由奔放だった少年の
リュウジが、別人の姿である。
「紛れもなく、たっちゃん本人ですよ。」
「たっちゃん!?」
聖女の言葉から、あだ名が出るとは
またもや、予想外である。
きっと、竜司の、竜の訓読みである
「たつ」からもじったのだろう。
「竜司さんの成長に伴い、たっちゃんも
また、成長したという事ですよ。」
ーーそれにしても、成長が早過ぎだろ...。
キャラも、思春期の特有の影響で、
反抗的で、言葉に棘があり、態度も、
攻撃的である。
「...。」
そして、無駄な言葉を発さない。
あれだけ口を開けば、マシンガンの様に、
言葉の嵐を降らしていたのに、今は、
狙撃銃の様な、一撃必殺タイプになった。
竜司自身の精神的な成長は、喜ばしいが、
インナーチャイルドの急激な変化は、
また違った大変さがあるだろう。
試練を前にして、早くも、厄介事が
降りかかってくるのであった。
「さっさと、終わらせてやる。」
リュウジはそう言い放つと、先に、
夫婦杉の間を通過し、登っていった。
「それでは、彼と協力して、試練を乗り越えて下さい。」
「健闘を祈ります。」
その言葉と共に、聖女はいなくなった。
静寂な雰囲気の中、竜司は、歩いている
もう一人の自分の背中を見つめている。
一瞬、彼の学生時代の思い出が駆け巡る。
クラスの輪にうまく溶け込めず、
離れた所から眺めている、
一人寂しく個室のトイレで弁当を食べている、
ギスギスした雰囲気の中で、
家族との口ゲンカ...
「はぁ...。」
その他、様々な過去の切り取られた
シーンが、掘り起こされて、竜司は、
今一度、ため息を吐く。
嫌な記憶が思い出されたが、その時期を
過ごした姿を投影したのが、リュウジだ。
これもまた、一つの試練なのだろう。
「行くか。」
立ち止まっていても、仕方がない。
竜司は、遠くなっていく彼の背中を追う様に、
リュウジとの向き合い方を考えながら、
夫婦杉の間を通り抜けていく。
竜司達の、試練への挑戦が始まるのであった。