星那《せな》Vol:8
「......ハァァ!?」
数秒の沈黙の後、竜司は、肚からの声を上げた。
失敗は、すなわち、即ゲームオーバー。
これまでは、たとえ、しくじったとしても、
また現実世界に戻される、いわば、リセット、
やり直せるという、保証や安心感があった。
しかし、今回は、ワケが違う。
「仮に、現実に戻れても、心は戻りません。」
「廃人も同然の状態になります。」
「どちらにせよ、人間としての
生活を送る事はできなくなります。」
八方塞がりとは、この事である。
つまり、ミッションをクリアしなければ、
永遠に夢の世界に閉じ込められる、
もしくは、現実世界で正気を失い、
2度と人としての営みができなくなる。
末恐ろしい事実を、聖女は、竜司に通告したのだ。
「例えるならば、私達がいる現在地は、
いわば、あの世との境界線です。」
「うっかりすると、竜司さんの精神や
魂は、あちらの世界に逝ってしまいますね。」
ーーいや、「逝く」って...。
さらりと、おっかない事を言いのける
聖女に、竜司は、なんとかツッコミを
入れて、平静を保とうとする。
しかし、今の竜司の首筋には、
いつでも、命を奪える、切れ味の
鋭い鎌が、付き纏っている状態だ。
眼前に迫る死が、竜司の身体を、
これまでにないプレッシャーに曝す。
ーーブルブルブル..ガクガクガク...!
手に留まらず、全身の震えが止まらない。
動きたいのに、言うことを聞かない肉体、
まるで、この場から一歩も踏まず、
瞬きさえも、拒絶している様であった。
これならば、いっそ事故で、一息で
この世とは、別れた方がよかった、
怖気、憂虞、憔悴、後悔、放棄、絶望...
「あ...あぁ...!」
竜司の身体を、どんどん黒く蝕んでいく。
永遠の闇に囚われ、狂気に染まる。
ーーぴとっ...。
竜司が、負の感情の集合体に支配され、
怨嗟の輪廻へと陥りそうな時であった。
いつの間にか、竜司のそばにやってきていた
聖女が、竜司の片頬に、そっと触れる。
その瞬間、竜司に絡んだ漆黒が、消失した。
「ハァァ...!」
呼吸を忘れたかの様に、息を吹き返した
竜司は、額から汗を流し、乱れながらも
正気を取り戻した。
「大丈夫ですか?」
「...ギリギリなんとか。」
開始早々、バッドエンドになりかけたが、
聖女の神なる御手によって、回避できた。
「今回の夢ですが、ミッションというよりも、
試練といった方が、正確かもしれません。」
「確かに、失敗すれば、次はありません。」
「ですが、もし、乗り越える事ができれば、
とてつもない恩恵を、竜司さんにもたらすしょう。」
ーーハイリスク・ハイリターンというやつか...。
デメリット、最悪の未来しか、
言われなかったが、ここにきて、
わずかながらの希望が光った。
ーーどっちにしても、進むしかない。
「ふぅ..。」
深呼吸を挟み、竜司は、心を定めていく。
「それで、試練はどこに向かえばいいのでしょう?」
緊張と緩和のバランスを保ちながら、
竜司は、聖女に、前向きな問いかけをする。
「それは、」
聖女は、言葉を発すると共に、
右手を前に出して親指と中指の腹を
合わせていた。
「竜司さんの夢が、導いてくれますよ。」
ーーパチン!
指が鳴らされた瞬間、竜司のいる
足元から、道が拓かれていった。
どこまでも続いていく道は、
竜司のいく先を、未来をも示す
コンパスの様でもあった。