星那《せな》Vol:6
ーーブゥゥン...。
心なしか、バイクのエンジン音に迫力がない。
竜司のテンションが伝わる様な、
ノロノロとした走りである。
あまり加速して、飛ばしてしまうと、
向かい風の影響で、ずぶ濡れ状態の服が
ベッタリと身体にくっつき、不快度が増すのだ。
1秒でも早く、この気持ち悪さから
解放されたいが、道中、少しでも
不愉快を誤魔化したい、
なんとも言えない、複雑な胸中を、竜司は抱えている。
「これで、何度目だよ...。」
たて続けに信号が赤に切り変わり、
竜司の行手を阻んでいる。
行きは、ほぼ青信号で、快適な遠出であったが、
帰りは、全部赤信号、不都合な現実である。
こういう時の待ち時間は、長く感じるモノである。
1分の待機時間が、5分、10分と、
竜司には、水の拷問に晒されている気分だ。
青に切り替わっても、その先の信号は
赤で、また走行を止められる。
これを先ほどから、ループの様に、繰り返している。
ーードン♩マイケル♩
リュウジは、慰めているのか、ふざけているのか、
ほぼ、おふざけ9割で、竜司を励ましている。
「お前のせいだろ。」
と、100%の責任が彼にあるとは言えないし、
波の変化に気づけなかった竜司にも過失がある。
規格外のかいぶつを相手にしてしまったのが
運の尽きだと、半ば、諦めている。
「ハァァァ...!」
その代わり、肺を目一杯使って、
盛大にため息を漏らすのであった。
ーー火を吐いている様なタメ息じゃぁ、
幸せが燃やしつくされちゃうよ♩
「いつから、俺は幸せを脅かす、怪獣扱いになった。」
ーーあか信号は♩進めない♩
ーーき信号は♩高く飛ぶ♩
「途中から、信号を二足歩行の
原生生物扱いにするんじゃない!」
「言っておくけど、引っこ抜けないからな!」
本人に悪気はないが、結果的に、信号を
ネタにして、煽られるのはタチが悪い。
ああいえば、こういう、ああすれば、こうされる、
屁理屈・理不尽の極みの
クリティカルヒットを何度も連発されては、
太刀打ちができない。
すでに、竜司の体力・気力、共にゼロに等しい。
一刻も早く、帰りたい所だが、
なんとも度し難い現実である。
「あと少し...。」
しばらく、濡れた服と、リュウジの言葉遊び、
赤信号の三重苦に耐えた後、
あと一つ先の信号を左に曲がれば、マンション、
ゴール一歩手前の所まで、ようやく辿り着いた。
しかも、幸運にも、信号は、青だ。
「やっとシャワー浴びれる!」
幸福の時間まで、残りわずかで
ようやく、落ち着いた休日が戻る、
そう喜んでいるのも、束の間であった。
竜司のバイクが、交差点を左折した直後であった。
ーープゥゥゥーー!!
信号無視をした車が、交差点に侵入してきたのだ。
スマホのながら運転だったので、
直前まで、信号が確認できていなかった。
視界には、竜司のバイクが迫っており、
ドライバーは、危険を知らせる為に、
ブレーキを踏みながら、クラクションを鳴らした。
「ヤベッ!!!」
竜司は、瞬間的に、危機を察知した。
車との衝突を避ける為に、本能的に、
エンジンを急発進、ハンドルに左に切った。
だが、これが悪手となってしまった。
「なっ...!」
急激なカーブで、バイクのタイヤがスリップしたのだ。
おまけに、急スピードで発進したので、
車体のコンロトールが効かない。
竜司は、なす術もなく、バイクごと横転した。
アスファルトへと、頭から強く落ち、
次に、左半身と、これまで経験した事の
強い衝撃が、竜司の全身を襲った。
「あ...が...。」
倒れたまま、痛みのあまり、声を発せない。
そして、左側の上半身が動かない。
ーーこれは...折れたな...。
骨折を確信する程の痛みであった。
血の気が引き、意識も遠のいていく。
リュウジの声も、聞こえてこない。
それだけの余裕が、残されていないのだ。
ぼやける竜司の視界には、迫る自動車が見える。
ーーあっ、俺、死ぬんだな...。
絶望や諦めなどの感情はない。
ただ、目の前の現実を、己の結末を、
竜司は、受け入れるだけであった。
それを最後に、竜司は意識を失うのであった。