星那《せな》Vol:5
ーーうーみーはー♩ひろいーなー♩
国営テレビに登場する歌の
お兄さんさながらに、全身で自由を
謳歌しているのが、伝わってきた。
「わかったから、落ち着け。」
あまりのテンションさに、
逆に、引いてしまって冷静さを
取り戻した竜司、
ーージェットスキーは?
世紀末の悪役モヒカンキャラよろしく、
夢で、水上バイクに乗って好き勝手に
暴れた体験で、味を占めたのか、
リュウジが、おかわりを要求する。
「そんなモノないし、たとえあっても、
そもそも免許がねぇから、運転できねぇよ。」
ーーぶぅ!ケチンボ!
「ケチで結構。」
現実は、法律という制約が存在する。
つまり、特殊小型船舶の免許がないと、
竜司は、警察に御用となってしまう。
ちなみに、違反したら、30万円以下の罰金刑だ。
夢と現実をわきまえている竜司は、
サラッと、断りの言葉を入れる。
ーーヒーハー!したかったのに〜。
「そこは、ヒャッハーだろ。」
相変わらずのハイテンションぶりにも、
竜司のスタンスはクールである。
これに付き合ったら、延々と繰り返す
ハメになるのでバランスを意識している。
「ったく、ジョイボーイかよ。」
竜司の呟いた言葉に、特に、深い意味はない。
しかし、その何気ない一言が、
リュウジに、スキを与えてしまった。
ーーまぁ、今のオレならばやりたい事、全部できるしー♩
ーーHere We Go♩Here We Go♩
ーーナナナナー♩ナナナナー♩
ーーありがとう、こんぺい糖♩
「ちょっと待て!しかも、ジョイの中身が変わってるし!」
一瞬、鳩に豆鉄砲を食った様な顔をした
竜司だが、直後、自らの失言に気付いた。
ーーあはははーー!!
笑い飛ばす自由人が相手では、分が悪い。
「しまった...。」
少しの後悔が、竜司の脳裏にやってきた時だった。
「ブフォ!!」
ーーバシャーン!
油断をしていたスキを突かれた形で、
穏やかだった波が、突然、高くなった。
その勢いで一瞬、竜司の足元が取られ、
砂浜から離れてしまった。
バランスを失い、浮いた身体は、海へと倒れた。
ものの見事に、全身、ずぶ濡れとなった。
「ふ...不幸だ...。」
先ほどまでの、ささやかな幸福が180度回転、
海水をたっぷり含んだ、シャツとジーンズが
竜司の体にまとわり付き、重みが倍加、
おまけに、このベッタリとひっついている
衣服の不快感と共に、帰宅の途につかなければ
ならないのが確定した。
ーーブヒャヒャヒャヒャ!!
案の定、リュウジに笑われた。
これ以上ない位の、抱腹絶倒である。
きっと、指を差しながら、涙を流して、
お腹を抱えて、足をバタバタさせているだろう。
どんな表情やボディランゲージで
笑っているのか、容易に想像がついた。
「帰る...。」
すっかり、意気消沈した竜司は、家に戻る事にした。
テンションは、だだ下がりの一途を辿っている。
ーーえぇ〜もう帰るの〜。
口を尖らせた様に、文句を垂らすリュウジ、
「...帰る。」
冷や水を浴びせられた竜司は、もう一言しか
言う気力が残っていなかった。
重い足取りで、砂浜を後にして、
バイクを止めている駐輪場へと戻った。
「帰ったら、シャワー浴びよ...。」
まっすぐに帰宅次第、何をするか、
すぐに決めた竜司は、エンジンを起動をし、
バイクを走らせて、海を後にするのであった。