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星那《せな》Vol:3



着替えや朝食を済ませ、準備をした後、

竜司は、玄関のドアを開いて外に出た。



ーー休みに、外出なんていつ以来だろ...。



エレベーターで降りている最中、

竜司の脳裏に、ふとした疑問が浮かぶ。



1Fに到着するまでの10数秒間、



記憶を遡ってみたが、思い出す事ができなかった。



シャイな童貞にとって、休日も、憂鬱であった。



平日は、やりたくもない仕事に忙殺、



慢性的に、精神を消耗していたので、

休みがあっても、ほぼ寝ているだけの

生活であった。



たいした交友関係もなく、これといった趣味もない。



強いていうならば、アダルト動画の配信

サイトで、時間を忘れて、己を慰めていた。



バイクといえど、原動付自転車、



いわゆる、原付で、近所のスーパーや

コンビニで買い物を済ませる程度の

利用だったが、しばらく乗っていなかった。



気づいたら、会社以外の理由で、

外に出なくなっていたのだ。



ーーなんか俺じゃないみたいだな...。



竜司自身が、当惑するのも無理はない。



以前の彼ならば、決して取らなかった選択である。



それが今や、気分転換に休日の朝から、

出歩く陽キャムーブをかましているのだ。



以前の竜司ならば、靴を履いて、

ドアノブを開く行為でさえ、腰が引けていた。



まるで、法螺貝を吹いて、これから

出陣する戦国武将の様に、戦に駆り立てる

緊急がない限り、動けなかった。



それ位、とてつもない高さの障壁であった。



だから、陰キャを自称する竜司にとって、

この些細な一つの変化ですら、困惑なのだ。



軽々と、その壁を乗り越えている事実も

また、彼の精神的な成長の現れでもある。



「汚ねぇ...。」



1Fの駐輪場へ向かうと、所有する

バイクは、すんなりと見つけられた。



ブラックメタルカラーが基調の塗装、



だが、しばらく、乗っていなかったのだろう、

ホコリやチリが、車体を覆っており、

ミラーも、曇っていた。



思った以上の薄汚れが目立っていて、

竜司の口から、思わず、言葉を漏らす。



「これじゃ出かけられん...。」



せっかくの支度をしたのに、わざわざ

汚してしまっては、台無しである。



以前の竜司ならば、「もういいや...。」と、

心はポッキリと折れてしまい、さっさと

自宅に籠って、被害妄想に耽るコース、



「ウェットシートを取りに戻るか...。」



そのはずが、どうやら別の現実である様だ。



原付の汚れを拭き取る為に、一旦、

自宅に戻る事にしたのであった。



これもまた、彼自身の現実の変化でもあった。






--------------------------






「久しぶりのバイクも悪くないな...。」



時速15~20km程度の安全運転、



原付を走らせながら、竜司は、頬に触れる

風の気持ちよさを堪能している。



行くあては決めていないが、ひとまず、

通り過ぎていく風景を眺める事にした。



あれから、居宅に戻り、汚れを

拭き取るウェットシートを手にして、

竜司は、簡単な手入れをした。



「きったねぇ!」



純白だった拭き取りシートが一瞬にして、

渋みかかったこげ茶色の汚れで一杯になった。



あまりの汚れに、声を上げてしまったが

幸いにも、休日の朝の駐輪場に、人の気配はない。



10分ほどの時間をかけて、

車体の水拭きを完了させる。



それからはあっという間で、

エンジンキーに鍵を入れ、シートを開けて

中に入っていたヘルメットを装着、



「ブホォ!!」



の寸前で、ホコリがかぶっていた影響で、

咽せてしまったトラブルが起きたが、

こちらも掃除をして、事なきを得た。



そして、バイクのスタンドを足で上げ、

鍵を奥まで差し込み、目一杯にの右回し、



ーードゥドゥドゥドゥ...。



エンジン音が鳴り、周りに人がいないか

首を左右に振った後、



「いくか。」



そう掛け声をしながら、竜司は、右手で

ゆっくりと、ハンドルを引く様に回す。



ーーブゥゥゥゥゥゥン!!



バイク音と共に、車体が公道へと走り出していく。



竜司の頬は自然と緩み、笑みを浮かべていた。



首を待ち長く、心待ちしていた

遠足の日を迎えた子供の様に、

彼の心は、とても弾んでいる。



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